ね、今日はヤミ、じっとしてて
……なんで?
私、ヤミのこと愛したいから
……何言ってるの?いつもは愛していないの?
ヤミの、ひとつひとつを、丁寧に愛したい
僕が君にするみたいに?
うん
……わかった
ベッドに彼を座らせる。髪の毛を何本か指に取る。柔らかい髪。すっと指で挟んで撫でる。バイオリンの弦みたいに、私の心を震わせて切ない音が響く。高い「ミ」の音。
頭の匂いを嗅ぐ。あなたは匂いが少ない。綺麗好きだからとか、そういう次元の話じゃないと思う。元の体臭が薄い。生きているのか心配になる。
「ヤミ……ちゃんと生きてるよね?」
「何だそれ、冗談?ここまで来て死んでいたら、僕の方がびっくりだよ」
「ちゃんと食べてる……?」
「……いつも目の前で見てるだろ?そんなに言うほど、食べる量が少ない?」
「だって、匂いがしない。匂いがしなくて心配になる」
「……女性にとってはその方がいいんじゃないの?体臭が薄いほうが……」
「それにしても薄いの。もっと濃くてもいいよ……」
もう一度頭の匂いを嗅ぐ。あなたの香りを見つけ出す。奥まで探って、ようやくひとかけら。
夏の夜の空の香り。雲間に滲む、微かな月の匂い。
安心する。これで次に進める。あなたが見つからないと、私は安心できない。私の五感すべてに、あなたの確たる証を見つけたい。
「……見つけた」
「何を……?」
「ヤミの匂い」
「え、どんな匂いなんだい?気になるんだけどな」
「……秘密」
「どうして!」
「私だけの秘密」
次は目で見つける。これは簡単。私はあなたの証の一つを、あなたの瞳の奥に見つけてる。その金色の目玉の虹彩のさらに奥。真っ黒な炎。私にはいつも見えている。
次は耳で。あなたの胸に耳をくっつけて、心臓の音を聴く。
ドクン、ドクン、ドクン
思った以上の力強さで、ヤミの心臓は鼓動を打っていた。こんなにはっきりと、動いていたんだ。意外な気持ち。
なぜだか私の中は濡れだす。……どうして?鼓動が思ったより強かったから?自分で自分がわからない。
「ずるい……」
「え、何が?」
「ヤミは、ずるい」
「だから、何が?」
「秘密」
「……さっきから秘密が多いよ!」
悔しいから無視して次へ。
次は彼の味を確かめる。大きくなってるものを口に入れて味わうのもいいけど、やっぱりこれが一番よくわかる。キスの味。
彼の顔を見る。キレイで苦しい。苦しくて目を逸らしたくなる。でも、逸らせない。魔法にかけられてるから。
彼は魔法使い。時空の魔女の私よりずっと強い、魔法使い殺しの魔法使い。
彼の薄い唇に、ゆっくり口づける。抵抗のない唇は、ふわりと私の唇と重なり合う。
ドキドキしてくる。ドキドキして苦しくなって、息継ぎのためにいったん口を離す。
彼のまつ毛と私のまつ毛が触れ合いそう。ビロードみたいなまつげの先には、私を狙う瞳がある。
妖しく、しつこく、どこまでも私を追ってくる、その瞳。見ないで、そんなに見ないで。視線が体の中に入ってくる。私の全身を駆け巡って、神経をめちゃくちゃにして、感覚を暴走させて、好き勝手する。
なぜだか目頭が熱くなる。まだ、早い。まだ涙なんか流すな。落ち着け、冷静さを保て、彼を愛するんでしょう?
「ちょっと、待って……」
「……焦らすね」
「落ち着きたい……」
「早いよ。キスだって、まだ不完全じゃないか」
「ヤミの目が、私のこと犯すんだもん」
「……そんなこと、してないよ。人聞きが悪い」
「……その目が、好きなの。だから、悪いとは言ってないよ」
返事を待たずにもう一度キス。舌を入れて彼の味を確かめる。舌がビリビリと痺れる。私にとっては彼の唾液は毒なのかもしれない。体も震えてきちゃうし、呼吸も整わなくなる。危険な猛毒だ。どうしよう、殺されちゃうよ。
怖くなって息継ぎに離れようとしたのに、彼の手が私の後頭部を押さえる。苦しい、苦しい……。……あ、そう、鼻で息をすればいいんだった。キスをすると、私は頭が回らなくなってしまう。脳みそも溶かされてるんだ。危険だ、危険すぎる。
彼の舌が私の口の中で暴れてる。私も必死に応戦する。苦しくて怖いのに、気持ちよくてもっと欲しい。依存性まで高い猛毒だ。
彼の毒が全身にまわる。次は……なんだっけ。何を確かめるんだっけ……?そう、『触覚』だ。触れる感覚。
でもこれは、これからすることで全部感じられる。目を潰されても、この手で触れば絶対に彼を見分けることができる。1000人の中からでも、10000人の中からでも、触るだけで彼を見つけ出せる。魂をかけて、できると誓える。
手なんかなくたって……たとえ腕を落とされても、肌の感覚だけでわかるはずだ。なんなら……肌には一切触れずに、『挿れられた』だけでも、彼かどうかわかる自信がある。
それほどまでに、一回一回全力で彼と抱き合ってきた。毎日毎日、愛し合ってきた。
「ヤミ、寝て……」
「……いいよ」
私は彼にまたがって、お腹をぺたりとくっつける。自分の匂いを移すみたいに、彼にスリスリと体をこすりつける。まだ入れてないのに、触ってもいないのに、セックス中みたいな変な声が出る。愛しくて、たまらなくて。
「ヤ、ミぃ……」
「はぁ、火置さん……」
「あ……あ……好き……」
「もう、入りたいんだけど……」
「わかってるけど……ん……あ……やだ、すごい、やらしい気分になってきた……」
「入っていい?」
「まだ…!ああ……ヤミ、私のものになってよ……私が男の子だったら、今すぐ入れたい……」
そう言って、彼の腰辺りに陰部を2,3回押し付ける。彼がいつもやるみたいに。私のものだよって、腰をヘコヘコさせる。
「……すごいやらしい。どうしたの?」
「だって、だって、好き……私のものになって欲しい」
「僕は火置さんのものだよ」
お腹を押し付けて彼のモノを刺激していたら、彼の手が伸びてきた。無駄のない手つきで自分の性器を手に取った彼は、私の中に先端を挿入する。あまりにも動きがスムーズで、逃げる暇もない。
「あっあっあっああ」
「きもち、いい……すごい濡れてる」
「ちょ、と……まって……うう……」
彼のお腹の上でじっとして、気持ちを落ち着ける。息がはあはあして止まらない。とりあえず、中の感覚だけでも落ち着けなくちゃ……。
あ、あ、もう……ちょっとした動きにも感じてしまう。さっき感じた彼の鼓動が、つながっている部分から伝わる。
「火置さん……動いて、いい?」
「だめ、だめ、まだ、待って……」
「……わかった……」
違うの。私が動きたいの。私が気持ちよくさせるの。最初に「私が愛したい」って言ったでしょ?
私はゆっくりと動き出す。お腹をくっつけたまま、腰だけ上げて、彼の先端をゆっくりと愛する。浅く動かして、3回目に深く。チャポ、チャポ、チャポ、ジュプ…………。
「ひおき、さん……あ……」
気持ちいい?気持ちいいの?よかった……。あ、あ、私も気持ちいい。どうにか、なりそう…………。