魔女嫌いな王様に捕まった時の話
「そういえばさ、君はどうして刑務所の様子を知っている風なの?普通の女性は……刑務所とは無縁で生きてきているはずだろ?……君を『普通の女性』とくくるのはどうかなとも思うけど」
「そりゃあ、刑務所にお世話になったことがあるからよ。……お世話になったことと、面会に行ったこと……かな?」
「えっ…………ちょっと衝撃……。『お世話になった』って、それつまり『逮捕された』ってこと?」
「じゃあ、今日はその話をしようか?私が魔女嫌いの王様につかまって、刑務所に入れられた時の話」
「な、なにそれ……!聞きたい!」
「あれは……ある世界の時空の歪みを調査しているときの話だった。時空の魔道士のお仕事の基本は、一に『会った人から話を聞く』二に『偉い人から話を聞く』三に『地元の人から話を聞く』なわけ」
「……足を使って調査していくタイプのお仕事なんだね。探偵業に似ているのかな?」
「確かに近いかもしれない。まずはそもそも『歪み』がどこにあるかを突き止めなくちゃいけないからね。特に最初は地道な作業なの。とにかく聞き込みを続けなくちゃいけない」
「警察官とか、探偵とか、今からでも転職できそうだよ、君」
「ほら、でも私はマメじゃないから、そういうのは無理よ」
「ああ、たしかに!」
「っそんなにはっきり言わないでよっ!」
「………………。……で?」
「…………そしてね、聞き込みの中では特に、二の『偉い人から話を聞く』はとても重要になるの。だってその国のルールとかを破ってしまうこともあるし、立入禁止エリアにいかなくては行けないこともあるから。先に挨拶しておかないと、やりづらい」
「なるほど。……だから君はなんだか、堂々とした立ち振る舞いなのかな。色々な場面に慣れているんだな」
「そう?ありがとう。最初に王族との挨拶の仕方をいっぱい練習した甲斐があったかな?……でもヤミだって、今すぐにでも王様に挨拶にいけそうよ。だって、落ち着いているし、品があるし」
「…………ありがとう」
「ま、それでね。その時も意気揚々と王様に会いに行ったんだけど……王国領に入った瞬間後悔したわ……だって、魔女お断り看板がそこかしこにあったし、火炙りにされた魔女達の亡骸がいっぱい……」
「うわ……そういう国もあるんだね。まあ……この世界も中世あたりはそうだったのかな」
「そうね……特に、『魔女』に嫌悪感を持ってる人は案外多いのよね。んで、そこの王様も例に漏れずそうだったの。歪みの影響で治安が悪くなっていて、疑心暗鬼だったっていうのもあったのかもしれない」
「君はどうしたの?まさか堂々と『時空の魔女です』って王様に会いに行ったわけじゃないよね?」
「当然よ!それこそ『私立探偵です』って風を装って、王様に話を聞きに行った。ここらへんで増えている事件事故、怪異の調査をしていますって」
「うん」
「でも一瞬でバレた」
「え」
「その王様、しっかり『時空の魔女』のことは知ってたの。私の素性や身なり、外見も全部知っていて、すぐに怪しまれてバレちゃった。時空の魔道士の情報に関しては、世界を越えて共有されていることがほとんどなの」
「だ、大丈夫だったの……!?」
「『身なりを偽った罪』として城の刑務所……牢獄塔に入れられた。そこには魔女疑いでつかまった女性たちがいっぱいいたわ」
「だから刑務所の様子を知ってるんだね。すでに納得だよ。……で、君はどうやってそこから逃げ延びたの?実は君はすでに打首になっていて、亡霊としてここにいるわけじゃないよね?」
「そうね、私が亡霊なら、体を透明にしてこの刑務所から出ていってるだろうしね」
「君が亡霊じゃなくてよかった」
「…………。で、続けるね。そこにはなんと、その国の王妃が捕まっていたの。明らかに周囲の女性とはオーラが違ったから、一目でわかった。プラチナブロンドの髪、伸びた背筋、細くて長い指、香ってくるような品のある身のこなし……まあ、相当やつれてボロボロではあったけど」
「……その国の王妃は、どうして牢獄に入れられていたの?魔女だったから?」
「いや……彼女の罪状は『姦通罪』」
「おっと……」
「異国から来た竜騎士に一目惚れして、魔女に惚れ薬を作ってもらって思いを遂げたんだってさ」
「ああ、それで王様は魔女嫌いになったわけだ。……魔女もひどいとばっちりだな」
「そうよ。迷惑な話よ。……私は王妃に詳しい話を聞いたの。密事が王様にバレた彼女は牢に入れられ、相手の竜騎士は打首。そしてそこから魔女の粛清が始まったんだって」
「…………お相手の竜騎士くんは薬を飲まされて、王妃と不倫関係になったんだよね?それもまた、とばっちりだね」
「肝心の王妃は、『彼とは本気で愛し合っていたから後悔はしてない』って言ってたわ」
「薬は関係なくってこと?」
「……真相は知らないけどね。とりあえず私はノーコメントだった。王妃という立場で好きに恋愛できなかったことには同情するけど、国の女が身に覚えのない罪で投獄されたり殺されたりしている状況を作った原因は彼女だし」
「そうだね、少なくとも王女としての責任感には欠けていたかな」
「そうね。……その王妃は、恋人の形見を持っていた。片手に収まるくらいの大きさの、小さな笛。ピンチになったら吹いてくれって、彼が死刑になる直前に手渡されたんだって。でも吹いても音が出なかったから、今はただお守りとして持っているだけだって言って、見せてくれたの」
「笛?彼の大事なものだったのかな?」
「それは『ワイバーンの笛』だったの。つまり、龍呼びの笛。まあ、吹けなかったのも無理ないのよ。だって龍呼びの笛は音を出すのにも訓練が必要で、初めて持った人が使いこなすのは難しいから。
……よく軽々しく『これを吹いてくれ』なんて言えたなって、王妃の話を聞いた私はその男に対してちょっと引いた」
「…………」
「そして私はその笛を吹くことにした。前に竜騎士の知り合いから習ったことがあって、音を出すくらいならできたから。コレで主なき龍を呼べば、この牢獄を破壊してもらえるかなーって考えたの……というか、もうそれくらいしか方法がなかった」
「軽く言ってるけど、結構ピンチだったんだね」
「まあ、今までみたいになんとかなるかなって。で、3日3晩、鉄格子の外に向かってワイバーンの笛を吹きつづけたの。そしたらとうとう来てくれたの!赤いドラゴンが!」
「………………見てみたい……」
「その龍は、真っ先に牢獄を破壊した。王妃は龍を見て、『ヘルモーズ!助けてくれるのね』と叫んだ。どうやら竜騎士にその龍を見せてもらったことがあったみたいね。つまり王妃と龍は、顔見知りだったの」
「なるほど、彼は王妃を助けるためにその笛を託したのか。やるじゃないか」
「私もやるじゃんと思ったんだけど」
「だけど?」
「その『ヘルモーズ』は、頭からパクっと、王妃を丸呑みしたの」
「……………………」
「私は頭にハテナがたくさん浮かんだ。そしてヘルモーズは牢獄を破壊し、町を破壊し、王宮を破壊した。そして、王様に迫った。
私は王宮に急いだ。王様は龍に見下ろされて腰を抜かして、漏らしてた。私は大声でこう言ったの。かなりの大声だったからヘルモーズも動きを止めた」
「…………ちょっと、場面の急展開になかなかついて行けないな」
「私は王にこう言った。
助けてほしかったら、3つ要求を飲んで。ひとつ、この町の女を解放して魔女の粛清をやめること。ふたつ、時空の歪みに関する情報をすべて提供すること。みっつ、私が満足するだけの報酬の提供を約束すること。
王様はガタガタ歯をならしながら、全部のむといった。だから私は龍を倒した」
「………………えっと……」
「それで、もらった情報をもとに歪みをなおして、報酬をもらって、おわり」
「………………思ったより考察の余地がある話だったな」
「ちょっとちょっと!『考察』って、創作ストーリーじゃないからね!…………って、何の考察?」
「結局その竜騎士は何がしたかったんだ?」
「それよ」
「……」
「私はどうしても気になって、あの笛を探したの。崩れた牢獄塔の瓦礫のなかに、その笛はあった。もう一度しっかりと見たけど、どこからどう見ても普通の『ワイバーンの笛』だった。でもなんか……嫌な予感というか、妙なオーラと言うかを感じて……笛の中身を調べるために割ってみたの。そしたら……」
「……」
「笛の中は『永久の愛を王妃へ捧ぐ』って、コマかーい、米粒みたいな赤黒い文字でびっしりと埋め尽くされていた」
「器用だったんだな……笛の穴から筆でも入れて書いたのか?」
「え、そこなの???…………でもそうだと思う。とこしえの愛にどういう思いが込められていたかは、本人のみぞ知る、だけどね。
自分が死刑になるんだから、君も後を追ってくれってことだったのか……。『ピンチのとき』に苦しまないで逝けるようにという救済の意味だったのか……。はたまた死刑に追い込んだことへの恨みも込められていたのか……」
「僕は、愛ゆえにだとおもうけどな。愛する龍に愛する人を食わせて地獄で一緒になるために、そういうことをしたんだと思う」
「嘘でしょ……?私は恨みだと思ったな。だって、町まで破壊する必要ないでしょ。自分をこんな目に合わせたこの町全てに復讐したかったんじゃないかなって思った」
「…………二人はきっと、地獄でも愛し合ってるよ」
「どうかなぁ、案外憎しみ合ってずっと喧嘩してるかも。あなたのせいで酷い目にあったって、お互いに」
「火置さんって、夢がないね」
「……ヤミがロマンチストすぎるんじゃない?それに、愛ゆえに愛する龍に愛する人を食わせるって……かなり歪んでる」
「そうかな」
「……そうよ」
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