連載中の小説「夏休みの夕闇」の主人公、灰谷ヤミ(死刑囚の男、22歳)と火置ユウ(魔法使いの女、21歳)が、好きな本について語り合うだけの会話ショートストーリー。
メイン小説のサブストーリーとしてお楽しみください。
※「夏休みの夕闇」本編のあらすじや目次はこちらからどうぞ。

末岡実 (著) 引用:Amazon
「最近ヤミに言葉の使い方を指摘されてるからさぁ、図書室でこんな本を見つけて読んでみたよ」
「……気に触った?」
「いやいや!これからも言葉が間違ってるのに気づいたら教えて!」
「じゃあ遠慮なく」
「うわ、こわっ……。ま、いいや。それでね、『正しい言葉遣い』って本を読んだの。意味とか漢字とか読みとかの間違いやすい言葉がたくさん紹介されてて……」
「うん。それ次僕も読もうかな。どのくらい自分が正しい言葉が使えてるかチェックしたい」
「私は6,7割は知ってたけど残りはグズグズって感じだったよ。でね、色々書いてあって勉強になった。なったんだけど……」
「だけど?」
「書いてあることを全部は覚えきれないなって」
「……まあ、そうじゃないか?必死になって覚えるものではなくて、気になった時に見るとか、ある種『読み物』として楽しむとか」
「……そうだよね。『覚えよう!』として読むと疲れちゃうから、『へぇ~』みたいな感じで読むのがいいかなって。あと一つ考えたことがあって」
「何?『言葉とは……』みたいな話?」
「わ!なんでわかったの?」
「なんとなく」
「そう、言葉ってそもそも移りゆくものだなっていうのは……実感したかな。本の中で『間違った言葉』として紹介されているものが、すでに間違った意味で大多数に認識されてるケースの多いこと多いこと」
「『確信犯』とか『蘊蓄』とか?」
「そうそう!……でさ、思うんだけど……例えば、もはや国民の8割が正しく使えない言葉があるとしたら、それはもう使うべきじゃないんじゃないかって。もしくは、8割の方に寄せちゃうとか」
「…………うん……なるほど?」
「だって、たとえ自分が正しい言葉を知っていて使っても……8割の人に『お前間違ってるよ?』って思われちゃうわけでしょ?」
「そうだけど……」
「お!反論?」
「なんで嬉しそうなんだ。……いや、先に火置さんの意見を聞いてからにしようかな」
「OK。私の意見はね、『合ってるかどうかあやしい言葉は、堂々と使わないのが正解』」
「君の答えはいつもシンプルではあるけど、あまりにも極論だね」
「だってさ、言葉って結局自分の意見とか感情を伝えるためのツールでしょ?それなのに、正しい言葉を使うことで意図が伝わらなくなってしまったら……それって本末転倒じゃない?……本末転倒って使い方合ってる?不安になってきた」
「それは合ってる。過敏になりすぎ」
「よかった。だから、少なくとも不特定多数相手の文章とかスピーチとかでは、まかり通ってる言葉を使ったほうがいいなって。……合ってる?」
「合ってる合ってる!平気だって!」
「昔からの言葉は趣があるけど、TPOをすごーく吟味しないと、使うの躊躇しちゃうよねって思ったな。だから『正しい言葉遣いができたらステータスではあるけど、伝える言葉としては実用性に欠けるからそこまで気にしなくてもOK』が私の意見」
「じゃあ、僕の意見」
「どうぞ、灰谷ヤミくん!」
「正しい言葉は使うべきだし廃れさせてはいけないし、みんなでできる限り正しい言葉を覚えて日常で使う努力をするべき」
「おっ!これまたラディカルな保守派!」
「多分、言葉を『伝えられればいい』だけに特化していったら、どんどん語彙が貧しくなっていくよ。誰にでも伝わるような言葉には、シンプルで浅い意味しか込められないと思う」
「そうね。だから語彙を豊かにすることが『趣味』みたいになっていっちゃいそうだね」
「思いを伝えるというという意味では、言葉の背景や成り立ちが複雑であればあるほど、より『その言葉をあえて選んだニュアンス』みたいなものが出ると思うけどな。『嬉しい』でも『有頂天』と『喜色満面』では印象が違うだろ?」
「そうね。有頂天は、うっひょーって飛び跳ねる感じ。喜色満面は、顔いっぱいにニッコリ!って感じ。しかも喜色満面はお硬い場面で使われる感じ」
「幼稚園では12色のクレヨンしか使わないけど、小学校中学校になったら絵の具を使った授業がある。同じ赤でも何色もあったほうが、複雑な情景が描けるし美しい絵になる。言葉も同じで、年齢を重ねる上での教養として、豊かにしていくべきものだと思う」
「すてきなたとえ!」
「絵だとそれ以上はプロの領域になっていくけど、言葉なら覚えて使うだけだから国民であればみんなできるし。何より、細かなニュアンスが伝えられたほうがコミュニケーションが楽しいだろうしね」
「友達がいないとかいうわりにいいこと言うなあ」
「……とにかく、そういう理由から僕は『正しい言葉を廃れさせてはいけない』と、結構強めに思ってる」
「確かに、語彙が豊かな方が、思いを発信することが楽しくなりそうだね。ニュアンスまでを人と共有できれば、変なすれ違いも起こりにくくなるし。うん、良い意見」
「すごい褒めてくれるな!」
「あ、最後に!私がこの本の中で一番『へえ』って思って心に残った言葉を一つだけ紹介したい!」
「どうぞ」
「『割愛』。これ、ただ省略するって意味じゃないんだって」
「それは僕も知らなかった。省略の意味で使ってたな」
「『惜しいけど手放します』っていうのが正解なんだって。割愛の『愛』は、愛着とか煩悩とかの意味らしいよ。だから愛を割くで割愛。そう思うと、繊細なニュアンスを感じるよね」
「勉強になった。やっぱり後で読んでみるよ」
「うん!」