連載中の小説「夏休みの夕闇」の主人公、灰谷ヤミ(死刑囚の男、22歳)と火置ユウ(魔法使いの女、21歳)が、好きな本について語り合うだけの会話ショートストーリー。
メイン小説のサブストーリーとしてお楽しみください。
※「夏休みの夕闇」本編のあらすじや目次はこちらからどうぞ。

「ヤミ、これおすすめしてくれてありがとう!雲好きには最高の本ね!」
「だろ?雲・空図鑑は色々あるけど、この本すごく見やすいんだよ」
「ヤミのお気に入りポイントは?」
「文章と写真のバランスがちょうどいい。シンプルだけど要点を押さえた説明がすごくわかりやすい。大判だから、大きめの写真がたくさん掲載されていて眺めているだけで楽しい」
「文章と写真のバランスがいいっていうのは、私もそう思ったな。難解すぎず、いい意味で文学的すぎず、『雲の種類を見分けられるようになりたい』っていう読者の思いを叶えることに特化している内容だと思った」
「ちなみに火置さんは、10種類の分類の中だったらどの雲が好き?」
「私は、やっぱり『高積雲』だなぁ」
【高積雲】こうせきうん(Altocumulus:Ac)
いわゆる「ひつじぐも」や「まだらぐも」のこと。高さ2000mから7000mに発生する「中層雲」で、塊状の雲が集まってできたもの。
「青空に映えるっていうのもあるし、ひとつの雲の中でも陰影があるのが美しいなって。積雲よりもっと『手の届かない場所にある感じ』がわかるのも好きなのよね。見ているとカラッとした切なさを感じるの。
高積雲をじーっと眺めてると、世界に置いてけぼりされて一人ぼっちになって、寂しいけど気持ちいい……みたいな感じになるんだよね。……ヤミの好きな雲は?』
「僕は、『巻層雲』が好きなんだ」
【巻層雲】けんそううん(Cirrostratus:Cs)
「うすぐも」「かすみぐも」などの別名があり、高層域に発生する薄い膜状の雲のこと。高さ5000mから10000mに発生する「上層雲」である。様々な大気光象を伴うことが多く、雲マニアが好きな雲。
「おっ!ちょっとマニアック」
「レースカーテンみたいな、花嫁のベールみたいな、清純さと儚さと神秘性がある。あと、『暈』を見つけるのが小さい頃から好きだった」
「『暈』かぁ……。薄曇りの日に太陽の周りにできる光の輪だよね?私、『暈』に関しては今までそんなに注目してなかったの。でもガチの雲好きには欠かせない要素なんだって、この本で知った」
「僕もレアなハロ(暈)を探し回るほどのガチ雲ファンではないけど……それでも、空を見ては『暈』があると嬉しい気分になったな。
巻層雲のベールの先にある太陽の周囲を縁取る真円の光の線……『神様』を思わせる雄大で神秘的なものを、いつも感じてた」
「神様好きのヤミらしいね」
「うん。高積雲がカラッとした切なさなら……巻層雲は、朧気でミステリアスな切なさがあるな」
「あとね、この本で心に残った言葉があるの。著者のあとがきにあった『たった10種しかない無限』っていう言葉。
雲ってその性質とか特徴によって10個に分類はできるけど、でも結局どの雲もオンリーワンなんだなって思ったら、どんな雲でも愛せる気がした。この本を読んでから、雨雲さえも『うん、いい乱層雲だ!』って思えるようになった」
「雲以外でも言えるかもね。分類は楽しいし分類することで物事を捉えやすくできるけど、同じグループの中にも細かな違いはあるし、どの枠組みで捉えるかで考え方も変わってくる。その分類は便宜的なものであって、絶対ではない」
「そうかも知れないね。でも、ついつい分類したくなっちゃうし、きれいに分類できると楽しいし、分類に燃えちゃうのもわかるんだよなぁ」
「一通り分類の仕方を学んで分類する行為を楽しんだら、その先は個に注目して追いかけるともっと雲が好きになれるかもしれないな」
「そうだね。頭空っぽにして『あの雲シュモクザメに見える!』とかも楽しいもんね」
「…………なんでシュモクザメ??」
「この間見つけたの」
「え、見たかったなぁ。……そうだな、あとは、見たことがないレア雲をひたすら探してみるとかも面白いかも」
「やるやる!この『新・雲のカタログ』って刑務所の図書室から持ち出したらだめかな?いつでも見れるように独房に置いといて、本見ながら毎日レア雲探ししようよ!」
「鉄格子の隙間からレア雲探し……なかなか風流だね」
「あ、そういえば……さっき『分類』だとか、『でも分類しきれない無限の個がある』とかいう話を聞いてたら、分子系統学のことが頭に浮かんじゃった!私、分子系統学のすごくいい本を知ってるんだけど……」
「なにそれ、教えて!」
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