夏休みの夕闇~夏休み編~ 第二十三話 旅人になるということ

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旅人になるということ

9月も終わろうとしていたある日、深刻な顔をした火置さんが僕をダイニングテーブルに呼んだ。

……嫌な予感がしてしまう。僕のこと、嫌になった?しつこいって、もう一緒にいたくないってなった?

思い当たる節はある。最近の僕は、自分でも笑ってしまうほど歯止めが効いていない。
だって……この世界には火置さんしかいないのに、君に触れるのを我慢する意味がわからない。でも、それが『やりすぎ』な可能性は十分にある。僕には『やりすぎ』の基準がよくわかっていないから、もしそう思ってるなら、早めに彼女から言ってほしいなあとは思う。

そして最近の火置さんには、考え事をしている時間が増えた気がしていた。その時の表情は虚ろというかなんというか、魂が抜けている感じに見えた。少なくとも、一人で考え事している時の火置さんは幸せそうには見えなかった。

ダイニングテーブルの火置さんを見る。浅く眉間にシワを寄せた彼女が、机の上で両手を組んでいる。……何かに悩んでいる顔。

「話がある」顎を引いた真面目な顔で、火置さんが僕に言う。

「……なんだろう。……真剣な顔だな?どうしたの?」

「……ヤミは……」

「……なに?」

「この夏休みが終わったら……どうするの?」

彼女の言いたいことが全く掴めなくて、僕は思ったセリフをそのまま問いかける。「どうするのって…………どういうことだろう?」

「私に……」

「…………」

「付いてきてくれる?私の旅に。時空の魔道士の仕事に」

喉の奥に引っかかった、かなり大きめの骨をどうにか取り出すように、彼女はこの言葉を捻り出した。

僕は、単純に驚いていた。え、むしろ君は、今までどういうつもりだったんだ?

「…………私は……できれば、付いてきてほしい。だって、付いてきてくれないと、一緒にはいられなくなる。私はあなたが暮らす世界にずっと残るわけには行かないし……」

「そのつもりだったよ、最初から」

「な……」

「?」

「なんで?ちゃんと……考えた?旅は大変だよ?」彼女は眉根を寄せた難しい顔で、睨むように僕を見た。

「僕の人生も、悲劇ばっかりで大変だった。君に付いていくのも大変なのかもしれないけど、でも……少なくとも君とは一緒にいられる。それで十分じゃないか」

「……多分、あなたが思う以上に大変よ。それに、汚いし臭いよ。シャワーだって毎日は浴びられないよ。野宿だって多い。宿に泊まれても、ボロボロだし治安が悪いってこともある。そういうこと、わかってる?」

「……想像はできるよ」

…………彼女はそういうところで生きてきたってことか。……あまり考えたくない想像をしてしまいそうだ。女性ならではの苦労も多かったに違いない。……嫌だな。

「あなたは……なんていうか、育ちが良さそうに見える。こんなにのんびりした休みだって、一度旅が始まったらもう、とれない」

…………え、なんで?育ちがいいと休みは、全然関係ないだろう。

っていうか……

「……旅が始まっても、休みは作ろうよ」

「なっ!」少しのけぞった火置さん。目を大きく開けて、こちらを見る。

「君は以前言ってただろ?時空のひずみは一朝一夕で広がるものではなく、何年も、何十年もかけてじわじわと大きくなっていくものだって」

「……そう、だけど」

「1日2日君の到着が遅れて消滅する世界なんて、そうそうないってことだろ?……もっと自分の時間を大切にしたほうがいいよ」

「………………ちょっと、待ってよ……なにその斬新な意見……頭痛い……」彼女は右手で額を押さえる。

「だってさ、君の頑張りだけにおんぶにだっこの世界なんて……それは消滅したってその世界の責任であって君の責任じゃない。本来世界側としては『君が来てくれたらラッキー』っていう立場じゃないか」

「でも……ひずみを直せるのが私だけなら、私がなんとかしないと駄目じゃない」

「実際のところ君が1日遅れるか、1週間遅れるかなんて、その時にならないとわからないじゃないか?そんなに焦って世界を回る必要はないはずだ。間に合わなかったら間に合わなかったで、次の世界を救おうよ。どのみち、全部の世界を漏れなく救えるわけじゃないんだから」

「言いたいことは……わかる。わかるけど……」

「君が健全な気持ちで、余裕をもってできる範囲内で、世界を救う。そうじゃないと、これからの人生身がもたないよ」

「今までの私のスタンスと違いすぎて、そう簡単には受け入れられないのよ……」首を振って、少し体を後ろに引きながら、彼女は言う。

「でも、誰かと一緒にいるってそういうことじゃないの?お互いに一定の譲歩は必要だろ。そうじゃないと、無理が生じる。

僕は何があろうと君についていく。でも君も、僕と一緒にいるということを意識して動いて欲しい。もちろん基本的には君のペース中心で構わないし僕はそれに必死になって付いていくけど、それでも『休み』は絶対に必要だ。今後は『僕と君の時間』を確保するように努力して欲しい」

彼女は何かを言いたそうに口を動かしたけど、その口からは何の声も出てこなかった。そんな彼女を見て、僕は続ける。

「…………それに今後の君の人生には『僕の悲劇との戦い』も加わるんだよ。僕の悲劇的な人生は今後も死ぬまで続くんだって、カミサマが言ってたんだ。
となると……僕と一緒にいる限り、君の行く先々では事故とか事件とかが増えるはずだ。それの対策や対応も必要になる」

僕は火置さんを見る。火置さんも僕を見る。彼女は凛とした強い瞳をしていた。さっきまでうろたえていた彼女とは別人のような顔が、そこにはあった。

「それは何も問題ない。私が魔法で、事故だって事件だって解決する。もちろん、あなたも手伝ってね」

「……ありがとう。でも、自分の仕事もこなして僕の悲劇の対応もする……。君はこれから、今まで以上に忙しくなる。絶対に休み休み行かないとおかしくなるよ」

「…………そう、だね」

『僕の悲劇に対応するため』という話を持ち出すと、彼女の瞳は決意に強く輝いた。目的があれば決断が早いし、他人のために強くなれるタイプの人間。僕のチェックリストの『光側』。

僕は図らずも、彼女を説得することに成功したのかもしれない。生まれて初めて、僕の悲劇に感謝したいと思ったかも。

ちなみに、自分の弱さを武器に相手を思い通りにしようとする人は『闇側』。僕は間違いなく、闇側の人間なんだ。

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