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第一章 8月の前半
第二章 8月の後半
第三章 9月から10月
第四章 11月
※近日公開
第三章 9月から10月
9月に入って
私達の夏休みもあっという間にひと月がたち、9月へと突入した。
休暇を満喫するというコンセプトの『完全なる夏休み』は8月31日までと決めていたから、9月からは『平日あり』の日々が始まることになる。
しかしこの『平日』の取り扱いについて、ヤミと私は激論を交わすことになる。
「誰もいないこの世界で、平日を作る意味を教えてほしい。僕はこの世界に平日はいらないと思う」
朝食の場で、ヤミが突然こう言ったのだ。
……平日を作るというのは、夏休みの最初に取り決めたルール。それを今さら覆そうとするとは……なんて愚かなの。私はヤミに聞こえるようにハァと息を吐く。
「……以前言ったわよね?『平日を作らないと馬鹿になる』。これでファイナルアンサーよ。他の理由はないわ」
「……僕も以前言ったよね?『僕も君も、もう少しバカになってもいいんじゃないか』って。特に君は……なんていうか『頑張りすぎ』なところがある。頑張りすぎて暴走するところがある。ちょっとくらい気を緩めないと、一緒にいる僕が大変なんだけど」
「自分が大変だから、平日をやめろって?……なら言うけど、私から平日を奪ったら私は不安定になってあなたをより不安にさせるわよ」
どういうこと?って言いたそうなヤミに口を開かせず、私は畳み掛ける。
「夏休みに閉じ込められて世界を救えない私の存在意義って何かしらって悩んで悩んで、ドツボにはまって、暗くなるわよ。それでもいいの?」
でも彼は負けなかった。……というか、さらに上を行ってきた。
「そうなった君を僕が支えればいいんだろ?僕の株は上がるし僕への依存度も上がる。君の心に占める僕のウェイトが上がる。いいことしかない」
「……メンヘラ依存させたがり男」
「悪口のつもりか?僕はなんとも思ってないよ」
……ケロっとした顔で、ヤミが言う。
その通り。彼を黙らせるために、悪口(さっきのは悪口じゃなくて本当のことな気もするけど)は通用しない。論理的に納得させないと、彼は諦めない。
「しかもあなたさ、依存させたがってる割に、簡単に自分に依存するような女は好みじゃないでしょ。あなたの『チェックリスト』でいう闇側じゃない」
そう、彼は以前、自分で作った『チェックリスト』にあらゆる人間を当てはめ『光側か闇側か』の判定をしていた。……それが、彼の信じる宗教の教義だったからだ。
宗教と言っても、既存のものではない。神様から死後の世界、教典ルールまで、全部自分で考えた……つまり『ヤミ教』とでもいうべきものである。
…………改めて考えると、こいつはやはりとんでもなくおかしな男だと思う。
さすがに図星だったのか、ヤミは口をつぐんだ。
「ほーら、黙っちゃった。あなたはなんだかんだ言って理想が高いロマンチストだと思うわ。私に『世界を救うかっこいい火置さん』でい続けてほしいなら、平日を作るのは必須だからね。私は泳ぎ続けてないと死ぬ『マグロ』みたいな女なんだから。活動し続けないと自分を保てないの」
「………………」
「今日は久しぶりに魔法書の執筆と魔法訓練の日にするから。……あ、悪いけど付いてこないでね。気が散るし、あなたに構ってられないもの。私、何かをしているときに話しかけられたりするの苦手なの。集中が途切れちゃうから」
さっきから何も言わないヤミ。うんうん……わかってくれたかな?
ちなみに……私はヤミとの言い争いが好きだったりする。
なぜなら彼の主張には『相手を傷つけよう』とか『自分をよく見せよう』という意図が感じられないからだ。彼は自分に湧き上がった純粋な『疑問と意見』を、そのまま投げてくる。
反対に、私の反論を曲解して『傷つけられた!』とか『いじめられた!』とも捉えない。私は自分でもわかってるけど言い方がキツイとこがあるから……そこもとてもありがたい。
彼からの反応がないみたいだから、『平日』については納得したのかしら。そう思って席を立とうとした私に、彼はボソッと言った。
「…………君は全然マグロじゃないくせに」
「……え?私、本当に止まったら死ぬよ?いつだって頭を働かせていたいし、行動していたい。それで疲れたって、それが私の生き方なの」
「超敏感なくせにね」
「………………。…………!?!?」
「だって昨日なんて、僕が」
「スト――ップ!!!!」
「………………火置さん」
「……っなによ!」
「顔赤いよ?」
「うるさいっ!!」
…………そう、彼の嫌いなところは、これ。
『絶対に、負けたままで終わらない』。
この男は穏やかそうな見かけによらず、信じられないくらい負けず嫌いなのだ。
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