夏休みの夕闇~夏休み編~ 第十一話 初めてのドライブデート

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第二章 8月の後半

初めてのドライブデート

今日は8月15日。夏休みが始まって、2週間が過ぎた。

今日はヤミと何しようかな。

昨日は2人で一日中図書館にいた。私はヤミと読んだ本の話をするのが大好きだけど、3日に1回は図書館に通っているからか、本もちょっと読み飽きた感がある。

公園も、気持ちいいけど何もない。テーマパークとか、動物園とか、水族館とか、美術館とか、ショッピングモールとかないのかな……。

「今日は何する?」朝ごはんを食べながら、ヤミに聞く。

朝ごはんはトーストに目玉焼きをのっけたやつ。私の大好物。

私はトロットロの半熟。ヤミは、やや火の通った、中心だけオレンジの絶妙な硬さの卵がいいらしい。

……なんて難しい注文をするんだと困ったけど、日によって変わる卵の火の通り具合を、ヤミはそこまで気にしていないようだった。

「んーそうだな……そろそろ図書館もいいかなって感じだしな」

「だよね」

私は質問した。テーマパークかショッピングセンターか……そういうものが近くにあるかどうか。ヤミがもし子供の頃に行ったことがあるなら……ここから行けるかもしれないと考えて。

「…………あ、ちよっと遠いけど、あれがあるな!」

「お、なになに?」

ヤミが教えてくれたのは、水族館だった。

「……ただ、ここから水族館は……車で30分くらいはかかるはずなんだよな……」

「ヤミ、運転は?」

聞いてから、いけないことを聞いちゃったかなって焦った。

なぜなら彼は『交通事故』がトラウマだから。3歳の頃、彼の飛び出しによってある家族が事故に遭い、その悲劇が彼の人生を苦しめてきた。もしかしたら『車』なんて、乗るなんてもってのほか……視界にすら入れたくないかもしれない。

「僕は免許を持ってないんだ。必要性も感じなかったし……それに、事故起こしたらと思うと怖くてね」

「……だよね。ごめんね、変なこと聞いて……」

「……え、なんで?全然気にしてないよ」

ヤミは本当に気にしてなさそうに言った。彼にとって交通事故は諸悪の根源みたいなものだから……頭を抱えて震えだしてもおかしくないくらいの話題だと思うのに。

ヤミは……たまに『心が麻痺しちゃってるんじゃないか』と思うような反応をすることがある。

「気にしてないなら……いいの。……そして何を隠そう、私は運転できるの!」

……ということで、ヤミの祖父母宅に停めてあった車を拝借し、今に至る。私が運転席。助手席にヤミ。

海沿いの国道を、窓を開けて運転する。車内には、外から飛び込む海の匂い。フロントガラスには常に、青い水平線が映っている。最高のドライブ日和だ。

「……ヤミ……」

「……どうした?」

「…………すごい楽しい……!」

そう、私は感動していた。話の合う仲のいい人と、二人で車に乗って、余暇を楽しむことの幸せに。

「…………僕もだよ」

静かにヤミが答える。彼にとっても、初めての幸せなのかしら。窓から滑り込んだ風が、彼の柔らかい夕闇色の髪を揺らしている。

「休みって、いいものなのね。ヤミが『完全なる夏休み』を提案してくれたから……休みの幸せがわかった。……感謝してる」

「だろ?言ってよかった」

「私、自分のことを、立ち止まったら死ぬマグロみたいな生き物だと思ってたけど……たまにはこういうのも必要だったのかも」

「ならよかった。僕も、人生に疲れてたからちょうどいいよ。悲劇のないこの世界にずっといたいくらいだ」

…………そういえば、そうだった。穏やかな日々の中ですっかり忘れていた。彼は『悲劇的な人生』だった。

ひずみから生まれた邪悪『カミサマ』のせいで悲劇の道を歩まされ……人生を滅茶苦茶にされた男。
滅茶苦茶な人生でも救いを得るために……自分の創り出した神様を何よりも信仰している、不思議な男。
人に嫌われそうな偏った思想を隠しもしない、狂った正直者……。

「……でも」と、ヤミは私の顔を見ながら続けた。

「……君は言ってくれたよね?『僕を手伝う』って。悲劇を回避する方法を、一緒に考えてくれるんだろ?」

…………確かに、刑務所にいるときに私は言った。悲劇も一緒に考えれば、なんとかなるかもしれないって。

本気でそう思ってるし、できる協力は全部したい。死刑になるはずだったあなたを『生かした』張本人として、プライドにかけてあなたを支えたい。

「……うん、もちろん一緒に考えるよ。ヤミは……優しいし賢いし、悲劇さえなんとかする方法が見つかれば絶対に幸せに生きていける。誰かと愛し合える人生だって送れるはず。だからそれまで……」

そう言って、チラッと彼の方向を見る。私は運転中で、チラッとしか見られないから。でもその一瞬で、私の息は止まりそうになった。

彼が……生気のない虚ろな表情をしていたから。刑務所にいたころと同じ、暗い目をしていた。

ヤミは、何も言わない。

……………………。

もしかすると、さっきの言葉でヤミのことを傷つけてしまったのかな。

……そうだよね、誰かと愛し合えるなんて言われても困るよね。だってあなたは私を求めているんだもの。君が欲しくてカミサマの味方になったんだって、あの時私に告白してくれたもんね。さっきの言い方じゃ、『私以外の誰かと幸せになってね』って聞こえてしまった?

でもね、本音を言うと、私を求めるのはやめたほうがいいと思う。だってこの休みが終わったら、私はまた世界を直しに旅に出なくちゃいけない。そのときあなたはどうするの?私についてきてくれる??

旅は危ないしつらいし死ぬかもしれない。疲れることも汚いこともうんざりすることもたくさんあるよ。
仮に最初は一緒に来てくれたとして……途中でやっぱりつらいなんて言われたら、私はどうしたらいいかわからない。

あなたを愛してくれる優しい誰かにあなたを託して、私はまた旅に出る?嫌だよ、色々と考えたくないことが多すぎる。

求めないで。私を求めないで。私がこの世界にいる期間限定の、いい友達のままでいようよ。その方がお互いに幸せだよ。

私は黙ってハンドルを切る。私は私の運命を、自分で操作していたい。何かに抗うような運転は、少し乱暴だったかもしれない。

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