夏休みの夕闇~夏休み編~ 第五話 夏休み4日目

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夏休み4日目

昨日も僕達は、別々に就寝した。

何日か彼女と過ごしたことで、僕も冷静になる。初日は彼女と一緒の夏休みに浮かれていたけれど、この可能性を全く考えていなかったことに気づいたんだ。そう、彼女に恋人がいるという可能性だ。思えば刑務所にいたときも、この話題ははぐらかされていた気がする。

彼女が僕へのガードをなかなか解いてくれないのは、どこかに残してきた恋人がいるせいなのかもなあ、なんて考えてもいる。

……でも、彼女に恋人がいようがいなかろうが、僕がやることは変わらない。

彼女に信頼してもらう。
僕がこの世で一番彼女を愛していると、実感してもらう。
そして僕を、選んでもらう。

それでも駄目なら……またそのとき考えるさ。

ただ……もし彼女に恋人がいたら、彼女との関係を進めるのはとても時間がかかる作業になることだろう。

火置さんは本質がとても真面目だと思う。『夏休みだし、ちょっとくらい開放的になってもいいかな』とは考えないと思う。僕はそういう彼女のストイックさが好きだけど、こと今に関しては単なる障害でしかない。

とはいえ、彼女に恋人がいたとして僕にはどうすることもできないから、あまり気にしないことにする。………………いや、嘘だな。……やっぱり気になるから、今日直接聞いてしまおう。

朝食を一緒にとっている時、僕は火置さんに尋ねた。

「火置さんって、彼氏いるの?」

ブフッ!!!

……という音とともに、盛大にコーヒーを吹き出す彼女。机の脇に置かれたティッシュ箱からティッシュを5枚くらい取って渡す。

「……はい、どうぞ」

「ゲホッ!ゴホッ!……っどうして、そうなる……??あまりにもいきなりすぎる」

「ごめん……でもほら、気になるんだ。外で恋人が待っていたら悪いことをしているなあって。君にも、その相手にも……さ」

「…………いないわよ」口元を拭きながら、彼女は答えた。

「そうなの?……意外だ」

「……何が意外なのよ……」火置さんは片目だけ細めて僕を睨む。

「なんか君って……決まった相手がいそうに思えてた。普段厳しい君が、唯一甘える相手。その人の前だけでは、全部を見せる、そういう相手」

…………こんなことまで言うつもりじゃなかったのに口から出てきた。口から出てきたし、その妄想の相手に少し嫉妬する。火置さんが甘える相手?……どんな相手なんだろう。そんなやつがいるとしたら、すごく知りたい。

「……でも私は世界中を飛び回って魔法使いの仕事をしてるのよ?恋人を何処かに置いてきていたら織姫と彦星みたいに、1年に1回――しかも晴れた時しか会えないような――そんな関係になっちゃうじゃない」ここまで言って俯いた彼女は、ボソッとこう続けた。

「……1年に1回会えるか会えないかの相手に、全てをさらけ出せないわ。それに私、欲求不満になっちゃうよ」

「欲求不満になっちゃうんだ」

「そこはいいから!」

彼女はパッと頬を朱に染めて反論した。……ん?どうしてそんなに過剰反応するの?すごい楽しいな、どうしよう。

「…………ちょっと!変な空気になったじゃない……!どうしてくれるの!?」

「変な空気?どこが……?」

「!?!?」

彼女は口をあんぐり開けた後、黙ってしまった。……火置さんって、やっぱり面白いな。

でも、とても安心した。彼女に恋人はいないのか。ということは、その心に入り込む隙は十分にあるということだ。

焦らず、行こう。警戒心の強い彼女を無駄に警戒させて、どこかに逃げられてしまわないように。

ちょっと懐いてきたノラネコをもっと懐かせるには、目を合わせずにじっとしているのが一番なんだ。彼女自ら来てくれるようになるのを待つくらいが丁度いい。……君と僕の、勝手な我慢競べ。先に音を上げるのはどっちだろうな。

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