夏休みの夕闇~夏休み編~ 第十八話 平日と休日

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平日と休日

僕はカレンダーを眺めていた。

今日は……平日か。しかも平日2日目。つまりまだあと2日も平日がある(僕達の一週間は週休3日制なので、平日は4日間だ。これは絶対に譲らなかった)。休日までが遠い。

昨日も火置さんは、図書館に通い詰めてレポートを書いたり(誰に見せるわけでもないのに、読んだ本の内容をレポートにまとめるって、一体全体どういう心理状態でそういうことをするんだろう??僕には全く理解できない)、プロになるわけでもないのに頭をかきむしって唸りながらピアノの練習をしていたり、公園でひたすら瞑想しては魔法詠唱の練度を高めたりと、とにかく忙しそうだった。

……おそらく今日も同じように、忙しく過ごしていることだろう。

…………ここまでして元の世界に戻れなかったら、火置さん壊れちゃうんじゃないのかな?

僕は薄ぼんやりとそう考える。彼女は『ストイックであること』に対して、ある種信仰心に近いものを抱いているように思えるのだ。

以前『好きなスポーツ選手』の話になったとき、彼女が迷いなく名前を挙げたのは野球選手の『イチロー』だった。野球にそこまで興味があるわけではないのに、イチロー選手に憧れているのだと言っていた。彼は『ストイックの神様』なのだと。

そこから僕は延々と、彼女の『イチローうんちく』を聞かされ続けていた。あまりにもイチローのことが詳しすぎて、ちょっと気持ち悪いなあと思ったくらいだ。

そして、熱量に任せて話す彼女を見て、自分の神様を信じ続けてきた僕とあまり変わらないじゃないか、なんて思ったのだった。

僕はワガママにも、彼女に対してこう感じている。僕の前でだけは、自律とか忘れてトロトロダメダメになっちゃえばいいのに……って。

彼女に言われた通り、僕が彼女に惹かれた理由の一つには『ストイックなところ』がある。自分があって、周りに流されないところ。やるべきことを、淡々と、『自分がこうしたいから』という意思を持って貫くところ。

……それはそうなんだけど。でも、今ストイックって、必要かな?絶対必要ないだろ。ストイックは、戦わなくちゃいけない場面でこそ有用なものじゃないか。

だから、もっとぐーたら、僕にしか見せない火置さんを見せてくれればいいのに……でも彼女はそうしてくれない。どうしたらもっと、僕にもたれかかってくれるんだろうか。そういう方面の有識者がいたら教えてほしいくらいだ。

………………有識者?…………!そうだ!

「火置さん」

「なあに?」

「今まで付き合ってきた人のこと、教えて」

「ブフッ!!!!ゲホ、ゲホッ!!!」……前にも見たな、この光景。

「…………はい、ティッシュ」

「どうして、どうしてそうなる……!!」

「君のことをもっと知りたいんだ」

火置さんは涙目になりながらティッシュで机を拭きつつ、僕を見て口を開いた。

「あのさ、そんなに焦って知る必要ある?この休みもいつまで続くかわからないのに……。お互いのこと、もっとゆっくり知っていこうよ。そういう話こそ、休日に回せばいいじゃない」

……っていうか、そもそもそんな話したくないけど……と、少し空けてから聞き取れないくらい小さな声で彼女は呟く。

「でもさ、反対に火置さんは気にならないの?僕がどういう恋愛をしてきたか」

「それは……」目を泳がせる彼女。

どう?君は、僕のこと知りたくない?ここまで知りたいと思う僕が変なの?

「気になりはする、けど……」もごもごと、火置さんは答える。

よかった。気にならないって言われたらどうしようかと思ったよ。……しかし彼女はこう続けた。

「けど、知りたくはないよ……」

「……なんで?」

「…………過去にやきもちを焼いてたら、きりがないでしょ」

……………………え?

「やきもち……やくの?」結構嬉しい。

「!焼くよ、それは……!あなたは、平気なんだね。私が過去に誰かと付き合ってたとか、そういう話を聞いても……」

「いや、平気ではない」

「は?」

「すごくモヤモヤするし、嫌な気持ちになる。でも知りたい欲求の方が勝るんだ」

「……!?あなたって、度を越した変態ね……今後一緒にやっていけるか不安になってきたわ……」

「……で、話してくれないか?」

難しい顔をして僕から視線を外した火置さん。少し考えてから、彼女はこう切り出した。

「勝負しよう」

「……え」

「ボードゲームで勝負して、私が負けたら教えてあげる」

突然の提案。……でも、いいの?僕はボードゲーム全般が得意だ。特に、バックギャモンと将棋では、君に負けたことはない。他のゲームだって、ただのすごろくみたいな戦略不要なヤツ以外なら、僕の勝率の方が高いはずだ。

「望むところ」僕は君を見据えて答える。

「ただし!」自信満々な僕に向かって食い気味に、彼女はピシャリと言った。

「毎日二回ずつ勝負をして、次の休みの最終日までに私が一回でもあなたに勝てたら、私の勝ち」

「なにそのルール!」公平とは程遠いルールの設定に、僕は心の底から驚きの声をあげる。

だって今日から毎日2戦するとしたら週末まで5日だから合計10戦……そのうち君は1勝でいいってこと?聞いたことのない大きさのハンデじゃないか。

「ただし!」彼女は鋭い二回目の『ただし』で、僕の不服申立てを遮る。

……なんだよ……まだ何かヘンテコなルールを加えるんじゃないだろうな……?

「行うゲームは『バックギャモン』とする」

………………。

……これは……勝ったな。

「火置さん……本気?そんなドMなチョイスでいいの?後悔するなよ?」彼女を軽く煽りつつ問いかける。

すると……胸を張って腕組をしながら、彼女はこう返してきた。 

「あなたの得意なもので打ち負かしてこそ意味があるでしょ?」

「あれ、ドS」

「ドMの座はあなたに明け渡すわ」

「僕はドMじゃないだろ。わざわざ苦痛を得たくないし」

「そうかなぁ……ヤミって苦痛を得てエクスタシー感じちゃうみたいなとこあるでしょ……」

「そうだとしても、それってその先にエクスタシーが待ってるからだろ?気持ちよさが待ってなかったらあえて苦痛を得には行かないよ」

「いや、ご褒美なしで苦痛を得に行かないのは当然でしょ」何いってんのと言わんばかりに、真顔で君は言う。

……でも……僕はご褒美なしで苦痛を得に行く人を知ってるんだけど。死刑確定だった男と友達になって傷ついたり、絶対幸せにしてくれない相手をあえてパートナーに選んだり、苦行の先にさらなる苦行しか待っていない苦行を選んだりする人。

「君は得に行ってるよ」

「はあ?行ってないって」

「君は『苦痛を得るという目的のために苦痛を得に行く』ところがある。おめでとう。ホンモノのドMだね」

「は?そんなことないから」

この後彼女が一切口を聞いてくれなくなったから、この話はここで終了となった。

にしても、バックギャモンで僕と勝負するなんて、身の程知らずにもほどがあるというかなんというか……。ま、いいか。実力の差というやつを、君に思い知らせてやろう。

今週の休日が俄然楽しみになってきた僕なのであった。

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