夏休みの夕闇~夏休み編~ 第九話 夏休みが始まってから10日が経過して彼が思ったこと

前回のエピソード

夏休みが始まってから10日が経過して彼が思ったこと

8月10日。

僕達の夏休みが始まって、10日が経過しようとしている。僕と火置さんは、刑務所にいた時と何ら変わらない良好な関係を維持し続けている。……文字通り何ら変わらない・・・・・・・、良好な関係を。

火置さんはもしかして……僕が彼女を抱いたことに気づいていないのかな?

刑務所の、あの祭壇の上で、僕は君を抱いたんだよ?君が欲しくて欲しくてたまらなくて、君を裏切ってカミサマの味方に付いてまで、僕は君を抱いたんだ。そのことを…………彼女は知らないのではないだろうか?

……あの時の彼女は僕を助けようと必死な感じだったし、気づいていなくてもおかしくないのかもしれない。しかもその後この世界に来てからの彼女は、丸一日半眠り続けていた。
……あのことを一切覚えていないという可能性は、十分に考えられる。

それはそれで、僕は切なくなる。あの事実を全くのなかったこと・・・・・・にされるのは、つらいな。

だって僕にとってあれは、人生をかけた大決断だったんだ。12年信じ続けた僕の神様を棄てて君を選ぶという、大決断。

君の意思も尊厳も、何もかもを無視した決断ではあったけど……しかもそのことによって、僕は罪の意識に苛まれてはいるけれど。

それでもやはり僕にとっては、今まで生きてきて積み重ねたものをそっくりそのまま全部新しいものに取り替えしまうほどの大きな変化だったんだ。

僕はそろそろ自分の理性に限界を感じていた。限界が早すぎて笑えるほど、早い限界だった。自分は我慢強い方かと思っていたけど、違ってたなんてな。自己認識が相当甘かったようだ。

何が『待つのは得意。10年間も神様を待ってきたんだから』……だよ。

1週間ちょっとで音を上げるなんて、5歳児以下の自制心かもしれない。子どもにマシュマロを待たせる心理実験の話を思い出す。

――『いいですよ』と言うまでちゃんと待てたら、マシュマロが2倍になりますよ?――

そう言われたのに、目先の欲に負けて待てない子ども。……僕は『待てない側』の子どもだったのかな。

最近、嫌な夢を見るようになった。カミサマの言いなりになった僕が、彼女にひどいことをする夢。僕に取り憑いてる運命の女神様が、彼女によく似た人形を用意してくれる夢。

どの夢も、とても言えないような最悪な内容だ。自分の精神のおぞましさと、欲の醜悪さを思いしらされる、最悪な内容。

『やっぱり僕って、ちょっとヤバい』。客観的にそう評価できるような夢だった。

部屋の掛け時計を確認する。今は……朝5時半。火置さんはもう、帰ってきてるかな?

彼女には毎朝のルーティーンがあって、日の出とともに家を出てトレーニングだか何だかをしに行っているんだ。

彼女と会話しているときだけ、僕は『ヤバくない』僕でいられる。誰に見せても大丈夫な僕。彼女の隣にいても大丈夫な僕。

彼女の幸せを願っている自分だって、ホントウだ。でも、彼女のこと、僕のものにしたくてしたくてたまらなくてどうにかなりそうな僕も、ホントウ。

……刑務所でカミサマに言われた言葉が、今更になって僕の心をグジャグジャとえぐってくるな。

『3歳以降人間性が一つも育たなかった、ぶっ壊れ人間』

『相手がどうなろうが相手からどう思われようが、気に入ったものは自分のものにしたいし知り尽くしたい。そういった異常性と狂気が、あなたの本質です』

……君と話していれば大丈夫な僕でいられるんだから、やっぱり君には僕を受け入れてもらわないと困る。そうでないと、取り返しのつかないことになりそうで怖い。

僕は火置さんに会うために、屋根裏部屋から一階に降りる。同じ家に住んでいるのに、僕は君にわざわざ会いに行かないといけない。そんなこと、本当はしたくない。目が覚めたら隣に君がいて、目を閉じる直前まで君がいる生活がいい。そろそろ限界だから、そのことに気づいて欲しい。

君がこの調子でなかなか気づいてくれないなら……僕を受け入れてくれないなら、僕から君に働きかけて、受け入れるように説得したいと思う。

説得できなかったら……それはその時に考えるさ。僕は未来なんて嫌いだから、今はどうこう考えないようにするよ。

次のエピソード


※カミサマに『3歳以降人間性が一つも育たなかった、ぶっ壊れ人間』と言われたお話はこちら

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よろしければシェアしてくださいませ!
  • URLをコピーしました!