夏休みの夕闇~夏休み編~ 第十九話 バックギャモン

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バックギャモン

私がヤミに「バックギャモン」を提案したのには、いくつかの理由がある。

ひとつは……この間発見してしまったのだ。『バックギャモン必勝攻略』という本を、図書館で。

「……これなら勝てるかもしれない……」

あの本を読み込んだ私は、そう呟いていた。本に書かれていた戦略をヤミ相手に試してみたくて仕方なくなったのだ。

もうひとつ。バックギャモンというゲームはとてもおもしろくて、もう少しうまくなりたいなと思った……というシンプルな理由がある。

ルールは単純なのに、戦略や決断がゲームのゆくえを大きく左右してワクワクする。しかも、サイコロを振るから運の要素も絡んできてドキドキする。とても良くできたゲームだと思う。

あとは、当然、ヤミに言った通り『彼の特技』で勝てたら気持ちいいだろうなあという理由から。

最近ヤミは……。……遠慮がない。別に遠慮して欲しいわけじゃないけど、むしろ遠慮されたら嫌だけど、でもあからさまに遠慮がない。前みたいな『諦め』が減って『欲』みたいなものがモリモリと増えている気がする。

いいことだとは思う。欲は『生きる』ことに直結するから。

刑務所にいたヤミからは、生きる気力みたいなものがあまり感じられなかった。達観している感じはあったけど、達観しすぎていて儚くて不安になることが多かった。

とはいえ、とはいえだ。最近は明らかに遠慮がなさすぎると思う。だから、ここで一発ぎゃふん!と言わせて、「自重しなさい」と決めゼリフを放つ……そこまでが私が今現在思い描いている最高のゴールだ。

それにしても……。

……ヤミは、この夏休みに不安はないんだろうか。私は、9月に入ってから不安になりつつある。

もしここから出られなかったら……
もしこの夏休み世界が消滅してしまったら……
もし元の世界で、カミサマが大暴れしていたら……

私が生きている限り、「時空の魔道士」の代替わりは行われない。毎日時空のどこかで消滅しそうな世界が生まれ、私の助けを待ち、そしてその呼び声も虚しく消えていく……かもしれない。

……私が行かないと、世界がどんどん消えていってしまうかも。それは……。

時空の歪は、1日2日で広がるものでもないから、実のところまだそこまで急ぐ必要はない……それはわかっているものの、やはり焦燥感は日に日に増していく。

早く、元の世界に戻らなくちゃ……。

でも。

でもそんな私の裏側に、別の私がいる。

『世界なんか、どうだっていい。ヤミと二人きりの世界にずっといたい』

これは今まで頑張ってきたご褒美だ。死ぬかもしれない冒険をしながら世界を救ってきた私への、ご褒美。やっと、自分の全部を見せても大丈夫な人が現れた。私の心を預けられる人。

この人のために生きたい
この人のために死にたい
この人のために、私をあげたい。あなたの好きにして欲しい。あなたの望むもの、すべて与えたい。私の全部をあげたい……。

この私が表に出てしまったら、もうだめだ。文字通り世界が終わる。

私は世界を救う火置ユウじゃなくなる。灰谷ヤミの火置ユウになって、彼のモノになる。なんて恐ろしく、甘美なんだろう。

やっぱり、ヤミは怖い人だったな。

私の直感は、当たってしまった。当てたくない直感を、見事に当ててしまった。

後悔しても、もう遅い。私は多分、彼の手からは逃げられない。彼は怖い人だ。どこまでもどこまでも私を追って、捕らえてしまうだろう。

それに何より、私が彼と離れることを考えられないでいる。殺したいなら、殺してくれていい。それでも幸せだと思う。……もう戻れない所まで来てしまった。

『なにをごちゃごちゃと考えてるの?なるようになるさ。彼とたくさん愛し合おう』

不安な私の更に奥にある体の中心では、私のお気楽な本能がカラカラと笑っている。私の中にいるたくさんの私が、私の意思を無視して、好き勝手している。

全員、黙ってよ。私は私を制御していたいの。邪魔しないで。私は私の心臓に向かって、握りこぶしを一回ドンとぶつけた。

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