夏休みの夕闇~夏休み編~ 第二十四話 ある嵐の日に

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ある嵐の日に

10月末。

雨の強い日だった。

どこにも行けない私達は、一日中ベッドの上にいた。

わたしはヤミの胸の中で、雨の音を聞いていた。サーという、坂道に砂を流すような雨の音。私の心の漠然とした不安も、全部押し流してくれればいいのに。

ヤミは相変わらず、飽きずに毎日私のことを強く求めた。日に日に、ヤミが自分の全てになっていくのを感じていた。

朝のルーティーンはこなしているし、平日と休日のサイクルも崩していない。だから、私はまだ私のままのはずだ。

でも、私はすでに彼とこうなる前の私を覚えていない。もともと私は誰かと一緒の布団で寝るのがものすごく苦手だったのに、もうひとりでは寂しくて眠れない。これから私はどうなっちゃうんだろう?

私は彼から体を離して起き上がろうとした、が、ヤミが私の腕を掴みベッドの中に引き戻した。

「きゃっ」

バフっという音をたてて、体がベッドに埋もれる。素肌が柔らかい布団にこすれるのが気持ちいい。

「どこいくの」

「窓の外を見ようと思っただけよ」

「行かないで」

普通なら、カップルの甘ったるいピロートークだと苦笑いで済ませられる内容も……相手がヤミだと途端に『本気で言ってます感』が出る。

戯れの『行かないで』と、文字通りの『行かないで』。彼の『行かないで』は、いつだって後者。

「あのね、ヤミくん。窓までは2メートルくらいしか離れてません」

「30センチ以上離れないで」

「どこまで本気で言ってるんだか……」

「半分かな」

「半分は多いわ。1割でも多いと思う」

呆れた私はぷいと彼に背を向けた。

すると、

「ひゃ!」

変な声が出る。ヤミが私の耳を噛んだから。

彼は私の耳の溝を舌先でなぞる。私は耳を触られるのが弱い。体が勝手にピクピク動いてしまう。

「や、め……っ!」

「ね、火置さん……」

「あっ……!」

耳元で喋られると反射的に出る身震い。震えたり硬直したりと、さっきから体がうまくコントロールできていない。私の体は誰のもの?私のものでしょ。

「……もう一回、していい?」

ゾクッ

「………………」

「…………ダメ?」

グラグラと揺れる理性。このままこの人のペースに流されてしまいたい。ただその一方で、私は本気で不安も感じている。

どこまで求めるの?いつまで求めてくれるの?
いつまでも続く?……違うよね?いつかはこの熱量はなくなってしまうよね?
求められるのが当然になった後で求められなくなったら、私は死んじゃう。
それなら最初から、ほどほどにしておいて欲しい。

雨の音にマスキングされた私達の会話が、湿度をたっぷりと含んだ部屋の空気に滲む。

…………ヤミちょっと……最近しすぎてるよ。そこまで求められるのは、不安になるからやめて……

どうして求められることが不安になるの?……え、まさか、体目当てだとか思った?違うって!!

それは……わかる、けど……

じゃあ、なんで……?

……これじゃ、依存症だよ……。飽きずに……毎日毎日……

…………でも……

………………

この人しかいないって人に出会えて、その人が僕を選んでくれて、その人しかいない世界に閉じ込められたんだよ?求めないほうがおかしい。……そう思う僕は間違ってる?

間違って……ない。私だって、あなたとくっつくのは好きだし幸せになる。他の何も、考えられなくなるくらいに

!……よかった

……不安にさせてたらごめんね。でも……私、こんな毎日は経験がないから怖いんだ。ずっと好きな人とただ一緒にいていいだけなんて……

…………君が不安なら、無理にはしないよ。もちろん

……ねえ、ヤミ

なに?

私…………弱くなったかな?

え?

前よりも、弱くなった。そんな気がする

弱いって……。でも、今は弱いも強いも関係なくないか?僕達以外誰もいないんだし……

私は……強いの

知ってるよ。君は強い

強いのが、私なの

それはどうかな……君は間違いなく強いけど、強くなかったとしても君は君だろ。逆もまた正とは限らないんじゃないか

……強くありたい……

何と戦ってるんだよ。ここでは僕を見てよ。僕だけを見て

……ヤミのほうが、ずっと強いね

そうなのかな?でもそれならそれでもいいじゃないか

そうだね……それでも、いい。でも、私があなたを守りたいのにな

火置さんは考えすぎだって。僕に『考えすぎ』って言われるのって相当だよ。僕だって自分のこと考えすぎ人間だと思ってたのに、負けたよ

…………勝った。……強いからだね

ああ、完敗だよ。だから気にすることないって。火置さんは強いから

抱きつく。ヤミに。彼は何も言わずに、抱きしめ返してくれる。こんなに心地よくて優しい場所から、抜け出せるはずがない。私はもう時空の魔道士に戻れない。

さっき私から『やりすぎだ』って拒絶したのに、彼の皮膚に触れていると体は自動的に熱くなる。でも彼は、さっきの私のお願いを守って何もしてこない。ただただ優しく、頭を撫でてくれている。

私はよく彼のことを『自分勝手』だと言うけれど、本当に自分勝手なのは私だ。自分の中で勝手に不安を作り出して怖がっている。

それを理由に彼を困らせて、でも彼が欲しくてしょうがない。面倒な女になんてなりたくないのに、これまでの私は面倒な女とは遠い存在だったと思うのに、今の私はとても面倒だ。

何度でも思う。『誰かを好きな私は、好きじゃない』。カッコ悪すぎて、泣けてくる。

「…………っごめん、水飲んでくる」

「どうしたの?大丈夫?」

「うん、大丈夫。のどが渇いただけ……」

ガウンを手にとってはおり、1階へと降りる。
キッチンに立ち、ガラスコップで水を一杯体内に流し込んだ。勢い余った水が、口の端からこぼれてガウンを濡らす。

そのとき、

コンコンコン

「…………え?」

動きを止めて玄関の方向に耳をすませる。気の所為……かな。

「…………………………雨の、音か……」

コップをすすいて食器カゴに置き、2階へと戻ろうとする。

コンコンコン

いや、気の所為じゃない。誰かが戸を叩いている。
私は音を立てないようにゆっくりと、玄関へと向かった。

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