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第一章 8月の前半
第二章 8月の後半
第三章 9月から10月
第四章 11月
※近日公開
海辺町の探検
私達は黙って歩いた。この場所の風を感じながら、お互いの空気を感じながら。それぞれ……考え事をしながら。
ほどなくして、駅に着く。
このあたりだったはず、とヤミが小さく言い、彼に付いていくと図書館が見えてきた。『図書館』兼『地域のコミュニティーセンター』といった様子の施設で、書架エリアはコンパクトだった。
「蔵書量はそんなに多くないかも。刑務所の方が、本の品揃えが良かったな」
「ふふ、でも絵本とか児童書が多いね。久しぶりに児童書でも読もうかなあ。児童書には児童書の哲学があって、新しい発見があったりするのよね」
図書館で気になる本を数冊拝借し、リュックに入れる。
次は公園に向かおうとヤミが言った。どうやらその道中に神社も灯台もあるらしい。
道すがら神社を見つけた私達は、長い長い階段を競争して上った。勝つ気満々だったのに、脚の長い彼は階段を1段飛ばしで上っていって、結局全然敵わなかった。
息を整えてからお賽銭をして、帰りはゆっくりと階段を下る。海沿いの国道に出て海岸沿いを見ると、崖の上に白い灯台が立っているのが見えた。
「真っ白で、キレイ。いい灯台ね」
「たまに一般開放してて、上まで行けたんだ。今回はどうかな」
木々の間から海が見える崖沿いの道をのんびりと歩きながら、灯台を目指す。あたりにはうるさいくらいの蝉の声。太陽が高く昇り、汗が額に滲む。
灯台のふもとに到着して塔の外周をぐるりと確認したが、中に通じる扉は施錠されていた。
「あーあ、残念。上まで行きたかったな」私はため息をつく。せっかく上からの眺めを楽しみにしてたのに。
「そうだね。誰もいないから開けてもらえないし……この夏休みの世界ではずっと入れないままか」
「…………次行ってみて開いてたら、それはそれで怖いよね」
「……なんかイヤだよ、散々二人きりだと思ってたのに実は僕達以外に誰かがいましたって……ホラーだよ」
「…………1週間後くらいにもう一回来てみよっか。開いてるかどうか」
「なんで嬉しそうなんだ!」
灯台から離れて海沿いの高台を歩く。人っ子一人、車一台通らなくてとても静か。サワサワサワ……サラサラサラ……風が梢を揺らす音が耳に幸せをもたらす。なんて穏やかな時間。
素敵な音だね、って言おうとしたけど、もしかしたらヤミも同じことを思っているかもしれないなんて考える。
私達が恋人同士なら、ここで手をつなぐのかな。ヤミと手をつなぐ……なんだか、想像するだけでこそばゆい気がした。
そういえば、前に付き合っていた人とだってなかなか手なんてつながなかったな。つなぐ気にすらならなかった相手もいれば、つなぎたかったけど恥ずかしくてできなかった相手もいた。
私は恋人を前にすると、なかなか自分を表現できていなかった気がする。普段の諦めは悪い方なのに、恋愛が関わるといつだって何かを諦めていた。『伝わるはずない』『いつかは離れるのに』って。
過去に思いを巡らせながら静けさの中を歩いていたら、石をくり抜いたようなトンネルが見えてきて、その向こうは公園だった。看板には「城趾」の文字がある。
「城趾公園なんだ」
「そう、城は戦国時代に建てられたものらしいんだけど、実物は残っていないんだ」
「戦国時代って、伊達政宗とかの時代だよね?」古い記憶を引っ張り出す。私は小学生を卒業するより前に時空に吸い込まれてしまったから、なんと最終学歴は『幼稚園卒』なのだ。
「……もしかして歴史はあまり詳しくない?哲学とか文学は詳しそうなのに」
「学校知識にはものすごく偏りがあって……歴史の知識はせいぜい中学生レベルかも。神話なら多少は知ってる……」
「魔法使いにとって歴史は必要のない科目なのかもな」眉を下げて笑いながら、ヤミは言う。
彼は男性だけど……ふわりとしたかわいい笑顔だなあと思う。胸の奥のちょっとでっぱった部分の先端がほんの少しだけ、チリっと焦げる。
城址公園は岬にあって、その先端からは青い海が一望できた。断崖絶壁に突き出した展望台。自分が鳥になった気になれるような、これまた素敵な場所だった。
岬のベンチで会話を楽しんだ私達は、夕暮れの気配を感じて家に帰ることにする。
「今日は結構歩いたねえ!ヤミ、帰りおんぶしてあげよっか?」
「……逆じゃないのか?君がおんぶするの?」
「『旅人』が職業の女に何言ってるの?このくらい朝飯前よ」
「……『ランニング』が趣味の男に何言ってるの。こんな距離くらい走って帰れる」
「え、案外体力ある」
「…………ていうか火置さんさ、僕のこと何だと思ってるの。子どもかなんかだと思ってない?」ヤミの不服そうな目が私を映す。
「そんなことないって……」
それならいいけどさ……と、彼はあまり『いいけどさ』と思ってなさそうに言った。
私はヤミからあまり『男性性』を感じていなかったのだけど、彼も「強い」とか「体力がある」とか言われた方が嬉しいのだろうか。彼もやっぱり、『男』だったのだろうか。いや……男なのは……よく知ってるけど……。……彼に対してこんなことを思うこと自体、失礼なのかな。
のんびり歩いたからか、家に着いたらあたりは暗くなっていた。今日はたくさん歩いてそれなりに疲れたし、夕飯はコンビニから拝借したできあいのもので済ますことにする。
食事しながらも私達は、今日読んだ本の話や風景のこと、お気に入りの場所のことなどについて話した。
家の階段で「おやすみ」を言い合い、それぞれの部屋に向かう。今日もあっという間に過ぎ去ったな。すごく楽しかった。明日はヤミと、なにしようかな。
こうして夏休み6日目の夜も更けていく。
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