夏休みの夕闇~夏休み編~ 第二十話 勝負の日々

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勝負の日々

戦術の幅が増え、適切な判断力が身につき、火置ひおきさんは確実に『バックギャモン』が強くなってきている。とはいえ……なかなか僕には勝つことができない。

色々な作戦を勉強し、考え、実際に試して僕の反応を見る……。負けたときはとても悔しそうな顔で、でも深淵な表情で、自分の至らなさを噛み締め、消化する……。

僕はそれに『夜の君』を思うのだった。

君から勝負を仕掛けてきたり、攻めたりしてくることもあるけど、結局最後にはひっくり返されて僕に負けてしまう。

終わった後は何も言えずにボーっとしてしまう火置さん。さっきまでのことをぼんやりと思い返しては、切ない顔でぎゅっと縮こまってしまう火置さん……。

「……………………あ……」下半身に違和感。……えっと……どうしよう。

「……ん?どした?」僕の落ち着かない態度に気づいた火置さんが問いかける。

「ごめん、ちょっと、タイム」

「トイレ?」トイレならどうぞ行ってきて?と、火置さんはエレベーターガールみたいな手を作って言った。

「……いや、違うけど……。ん?でもそうなのか?これはトイレって言うべきなのかな?」

「はぁ?わけわからない!……ちょっと、勝負の途中なのにふざけてるの……!?」

彼女は毎勝負全力だから、生煮えの自問自答的な僕の返答を『ふざけてる』と受け取ったようだ。眉間にシワを寄せて詰問する。

「……じゃあ、なんか間抜けで面白いこと言ってくれない?そうすれば……大丈夫になるかも」

「何を言ってるの??やる気あるの……!?」

彼女は僕の言葉の意図が全く理解できないようだ。『信じられない』という心の声まで、ついでに聞こえてきそうな気がする。

……仕方ない、正直に言おう。

「夜のこと思い出したら、大きくなっちゃって……」

「!?!?!?」

火置さんは口をあんぐりと開けて硬直した。

……あー楽しい。こんなに楽しいことがあっていいんだろうか。『好きな子をおちょくる、いじめる』。僕はこういったことの楽しさ・・・をいまいち理解せずに成人を迎えていたけど、今になって理解できるようになってしまった。

男って、みんなこういうことをしながら恋人と過ごしているんだろうか?それとも、こういうのは本来小学生くらいで卒業すべき態度なのだろうか。火置さん、さすがに嫌がってないかな。僕は少しだけ心配になる。

火置さんの方をチラと盗み見ると、彼女は顔を赤くしていた。あれ、まんざらでもない?……それにしても、どうして彼女はすぐに顔が赤くなるんだろう。

「火置さん?どうした?……火置さんも思い出した?」

「…………勝負の、途中だよ」

少し俯いてしまった火置さん。……顔がよく見えない。見せてよ。

「ちょっと休憩する?今日は『休日』だし、そんなにこん詰めなくてもいいんじゃない?ちょっと一旦リラックスしたほうが、いい作戦が浮かぶかも」

「っ!…………」

お、もしかして……いけるかな?

「オンライン対戦じゃないんだから……盤上はそのまま置いておけばいい。続きからできるよ。……お風呂溜めてこよっか?」

できる限り優しく、あからさまな雰囲気を感じさせないように、僕は言う。ほら、どうする?

「………………あなたは……」

「?」

「全く別のことを考えながら戦っても勝てるくらい、余裕ってことなのね……」

………………。

うわ、まさか……より一層、彼女の勝負魂に火をつけちゃったのか?これは想定外。

「えっと、それは……」

僕は彼女になんと言うべきか迷い、軽く口ごもる。

「休憩はいらない。続きをしよう」

「……わかったよ」

思わずため息をつきながら……僕は答えた。はぁ、どうして休日も変わらずストイックなんだろうか。……でも、まあいいよ。そこまで言うなら、やってやる。この勝負だって、僕の勝ちだ。

「……火置さん?」

「なによ」

「今のは……悪手じゃないか?そこを『ポイント』した方が後のことを考えると有利になるはずだ」

「……うるさいな、試したいことがあるの。黙って見ててよ」

「いいけど、それでも君は僕に勝てそうな見込みがないな……。僕は別のことに脳のリソースを割いてても、余裕で君に勝てるくらいだし……」

「……それはなに、精神的に追い詰める作戦?」

「違うって。今の時点での感想を、率直に言ってるだけ。……あ『ヒット』だよ」

「っ……。今に見ててよ……」

「なんか、かわいいね。……でも安心して、いつかはきっと勝てるよ。だってこのゲームは運の要素も多少は絡むから。数をこなしていればいずれ勝てる。……果たして残り1日でビギナーズラックを勝ち取れるかどうかは、わからないけどさ」

「…………」

「ほら……次はどうする?自由にやって?僕は見てるから……。君を見ているだけで、僕は楽しい……」

「ヤミ、言っておくけど、今ひどい顔してるよ。私のこと完膚なきまでに捻り潰してやろうとか考えて、興奮しちゃってない?この、変態……」

「本当に?……困ったな、勝ちが見えて楽しくなってきちゃったのかも」

「変態。大変態。超絶変態」

「君の愛する『神曲のダンテ』は熱愛の大変態、『我思う故に我ありのデカルト』は真理オタクの大変態。君は変態が好きなんだろ?以前そう言っていた」

「私の言ったこと、全部覚えてるの?……人の発言は簡単に移ろうものだからね?あまり過去の発言に囚われすぎないほうがいいわよ」

「そうだね、肝に銘じるよ。自分にだって、同じことが言えるしな」

「そうよ、あれだけ『神様神様』言ってたくせに、今ではすっかりなにも言わないし……本当に薄情者」

「そうだな、僕は薄情者だ。でも、いまだに神様のことは信じてるんだよ?僕はただ、『神を裏切った』ってだけで…………はい『ヒット』」

「うそ!!……もう、いや……っ!」

なんか……本当に興奮してきてしまった。ちょっと、そういう時の会話みたいで。早く、この勝負を終わらせて、君を抱きたい。なんで周りに誰もいないのに、バックギャモンなんていつでもできるのに、僕は君を目の前にして我慢しなくちゃいけないんだよ。

もうすぐ僕が『ギャモン勝ち』で上がるから、そうしたら二人で休憩しよう。ベッドはちゃんと整えてあるし、風呂はいつでも使えるように掃除してある。僕はいつだって、君と抱き合う準備が出来ているんだよ。

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