夏休みの夕闇~夏休み編~ 第二十五話 嵐の中の闖入者

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嵐の中の闖入者

コンコンコン

……まただ。今度こそ間違いなく、ノックの音。私たち以外に、この世界に誰かがいる。

ありえないことではない。

ここは、ヤミの記憶がベースになっている世界。彼の記憶に強く残っている人物であれば、記憶から世界を生成した時に、一緒に具現化する可能性はある。

とはいえ、人物が具現化する可能性は極めて低いはずだったのだが。私が生成したのは空間であって、生命体ではないから。……まあいいか。具現化してしまったものは、具現化してしまったのだろう。

……けれど、なぜ今になって会いに来たのだろう?夏休みの世界が創られてから、もう丸ふた月が経とうとしているのに。
ヤミの記憶に強く残っている人が世界と一緒に生成されたなら、この世界にやってきたその日に出会っても良さそうなものだけど。

玄関前で立ち止まる。ヤミを呼んだほうがいいだろうか。でも、彼にとって『良い人物』が現れるとは限らない。忘れられないほど強烈な記憶になっている、嫌いな人かもしれないし。

私は玄関からキッチンナイフを取ってくる。万が一の時のために、すぐに手に取れる場所にそれを置く。

そして、玄関扉を、小さく開いた。

「……お願い、入れてください……」

「……子ども……?」

玄関扉を開けた先にいたのは、横殴りの雨に打たれてびしょ濡れになりながら震える、小学生くらいの男の子だった。ツヤツヤした黒髪を持つ、目のくりっとした可愛い男の子。きっと大きくなったら、誰もが振り向く美男子になるんじゃないだろうか。

「…………オレ、どうしてここにいるの?オレのお姉ちゃんはどこ?おねえさん、何か知らない?ねえねえ、ねえ……!!」

「大丈夫よ、落ち着いて……!」

相当動揺しているようで、手は震え視線は定まらない。どこにも家族が見当たらずに、一人ぼっちで怖がっていたんだろうか。

私の脳裏に、過去の映像がフラッシュバックする。痛みと恐怖で震えていた、死にかけの弟の映像が。私はほとんど無意識に男の子を抱きしめていた。

「大丈夫……大丈夫だから……」

「お姉……ちゃん…………」

男の子は私の胸の中に顔を埋めて、震えながらガウンを握る。外は気温が相当低かったようで、体はまるで氷のように冷たくなっていた。

「今、あったかいお風呂用意するわ。……あなた、名前は?」

「…………リュウ」

「え」

「リュウタ」

「…………リュウタ、さあ上がって」

心臓が飛び跳ねた。『リュウ』は、亡くなった弟の名前だった。そんな偶然があるものかと。

……でも、違ったみたい。違って、良かった。変な情をわかせたくはない。だってここは『一時的な精神世界』。つまり、この風景も、ここにあるものも、この子も、いずれは消えゆく幻に過ぎないのだ。

『お姉ちゃんはどこ』と言っていたから、彼には姉がいるんだろう。小学校低学年くらいに見えるから……ヤミの子どもの頃の知り合いだろうか。『母親の実家にいるときだけ会っていた友だち』かな?

これから彼をどうしよう。追い出すわけにも行かないとなると、ここに住まわせるしかないけれど……。

私はお風呂桶を洗ってお湯を張った。大きめの白いバスタオルを持ってきて、リュウタにわたす。

「びしょびしょだね。体ふける?」

「……手、が……」

彼の手は小刻みに震えていて、うまく物が握れない状態になっていた。

「わかった、私がやるから」

バスタオルをバサッと被せて、頭をくしゃくしゃと拭く。

子どもって、どうしてこんなに小さいんだろう。小ささを認識すると、本能的な庇護欲が湧くのを感じる。バスタオルですっぽりと体が隠れてしまって、脚しか見えていない。小さなおばけみたいで、なんだかかわいい。

「ふふ、リュウタ、おばけみたいになってるよ」

「…………」

「緊張してる?大丈夫、取って食ったりしないよ。もうすぐお風呂溜まるから、入っといで。あったまるよ」

「……………………ありがとう……」

「いいのよ。あなたがこうなってるのは、私のせいでもあるから」

「?」

「ほら、行っといで」

きょとんとした顔をするリュウタをお風呂場につれていき、一息つく。久しぶりに、ヤミ以外の人間と話したな。

私はヤミしかいない世界でも生きていけるけど、他の人との会話は新鮮な感じがしてそれはそれで必要なのかなとも思った。

ダイニングの椅子に体を預けてふぅっと息を吐く。すると、階段の軋む音が聞こえてきた。ヤミが、2階から降りてきたのだ。

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