夏休みの夕闇~夏休み編~ 第十四話 夏休みの夕闇の時刻に・前編

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夏休みの夕闇の時刻に・前編

僕達がいるのは、二階の屋根裏部屋。彼女は僕の手を取って、ベッドに連れてきて、座らせる。顔だけで彼女を追う。彼女は、部屋のカーテンを閉めている。まだ外は、夕日で明るい。

カーテンを閉めて部屋の中は薄暗くなったけど、彼女の姿はハッキリと見えている。逆光の彼女が近づいてくる。火置さんは何も喋らない。その表情から、彼女が何を考えているか読み取るのは難しい。

ベッドに座った僕の真正面に立った彼女は、そっと近づき優しく僕の頭を両腕で包み込む。髪の中に顔を埋めて、その感触を確かめている。何をしているんだろう?でも、今は彼女のジャマをしてはいけない気がする。僕はされるがままになっている。

彼女はたっぷりと時間をかけて、顔を僕の頭から離す。間近で見る彼女の顔は、とても繊細だ。

火置さんの手は、僕の髪を撫でている。何度も何度も、優しく丁寧に。髪の毛の一本一本を愛でるように、撫でている。なんだか僕は懐かしい気持ちになって、その優しさに身を任せる。

髪を撫でたり、頭を抱きしめたりを、何度か繰り返したあと、彼女は僕のおでこにキスをした。恋人にするというよりも、子どもにするような。

おでこに5回のキスを落とした後、火置さんは両手で柔らかく僕の頬を包んだ。この部屋に来て初めて、彼女と目が合う。でも火置さんの目は、僕の瞳の球体の奥の方を覗き込んでいるようで、なんだか視線がぶつからない。

じっくりと僕の瞳の内側を観察した彼女は、人指し指の指先でまつ毛をなぞっていく。くすぐったくて、僕は目を閉じる。

閉じた瞼の上に、彼女の唇が降ってくる。瞼の上から瞳の形を確かめるような、そんなキス。

その後も彼女は、眉毛の上やら、頬骨の上やら、耳たぶやらにキスをしていった。僕の顔の形を、唇に覚え込ませるように。

やがてその唇は、僕の口元に到達する。

……僕は、ほんのちょっと期待する。恋人同士がするような、とろけるようなキスをしてくれるのかな。

彼女は僕の唇をスススと指でなぞったあと、唇の端からスタンプを押すように、キスをしていった。右端、中央、左端。全部で3回。唇をスキャンされた気分。

……思ったのと違ったけど、これはこれで悪くない。彼女のうつむいた黒いまつげが震えている。小さなため息を一つして、もう一度火置さんは僕の唇にキスをする。今度は少し、吐息の中に甘さを感じる。

キスの後、彼女はゆっくりと僕のTシャツを脱がせていく。ふんわりとたたんで、ベッドの横に置く。彼女もそのワンピースを脱いでくれるのかな。やっと彼女の肌を見ることができるのかな。

ドキドキして待っていた僕の膝の上に、向かい合って彼女が座った。僕は上半身ハダカ。彼女はまだ服を着たまま。彼女はふわりと、僕の胸に身体をあずける。

胸の中に収まる彼女の小ささに驚く。いつもはもっと、大きく見えるのに。彼女の両腕が、僕の背中に回される。体温と体温が近くなる。二人を隔てる彼女の服の存在がもどかしい。でも彼女は服を脱がない。まだ『その時』ではないんだろう。彼女が決めた夏休みのルール『お互いのペースを尊重する』が、ふと頭に浮かぶ。

火置さんは長い間、僕のことを抱きしめていた。深い呼吸をしているのが、服越しにくっつきあってるお腹からわかる。たっぷりと息を吸い込んで、細長い紐をゆっくり引っ張り出すように息を吐く。彼女の心臓が動いている。僕の心臓も、同じように動いている。

永遠とも思える時間のあと、彼女がひときわ深いため息をついた。そして彼女は僕の胸から身体を離す。

……ここにくるまでに何分経ったかな。外はもう、日が落ちてしまって暗い。

膝の上に乗ったまま、僕の身体を眺める彼女。その瞳が、かすかに潤んでる。ほんの少しずつではあるけれど、着実に彼女の体温が上がっていくのがわかる。

火置さんの手が、そっと僕の首に触れる。ため息が、またひとつ。

その手は、首から胸へ胸からお腹へ。彼女の息が、少し上がっている気がする。……どうしよう、僕も苦しくなってきた。きっと彼女は気付いてる。彼女が乗っている膝の上で、僕のものが彼女に当たってること。でもまだ、ズボンは脱がせてくれない。

彼女の口が、僕の鎖骨に近づく。キスじゃなく、上と下の唇で鎖骨を挟む彼女。生暖かい吐息が鎖骨に当たって、くすぐったい。唇を離すと、彼女はまたひとつため息をついた。

ため息をつく度に、火置さんは1段階ずつ体温を上げていく。脱皮を繰り返す幼虫みたいに、どんどんその姿を変えていく。

彼女はゆっくりと僕の膝から降りると、自分の服を脱ぎ始めた。シンプルなオフホワイトのワンピースをするりと体から落とす。真っ白な体が、暗い部屋の中で光っている。その体は僕みたいに骨が目立っていなくて、しっとりと柔らかそうだ。早くその肌に……触れたい。

ワンピースを脱いだ彼女の身には、シンプルな黒いブラジャーとパンツ、いつものチョーカーにイヤリング……そしていくつかの指輪だけが残された。

まず彼女はブラジャーのホックを外し、するりと取り去った。特別大きい訳ではないけれど、形のよい乳房があらわになる。先端の淡い桃色に、否が応でも目が行く。

その次に取ったのはパンツ。音もなく脱いで、洋服の上に置く。早く、僕のズボンも脱がしてよ。もう痛いくらいなんだ。

アクセサリーをイヤリング、指輪、チョーカーの順に外した彼女がこっちを向く。正真正銘、何も身に着けていない火置さん。完全に脱皮をして、羽化した姿。装飾するものが何もない分、瞳の煌めきがいつもより際立っているように感じる。

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