夏休みの夕闇~夏休み編~ 第四話 夏休みの方針

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夏休みの方針

変になってしまった雰囲気を変えるため……私は話を続ける。変だと思っているのは私だけの可能性は十分に考えられるが。

「……次のテーマ。夏休みの方針を決めよう」

「……夏休みの方針?」怪訝そうな顔で聞き返すヤミ。

「この休みはいつまで続くかわからないから、生活のルールみたいなものを決めておきたいじゃない」

「…………真面目だな。その時その時で思うがままに生活するんじゃ駄目なのか?」ちょっと呆れた顔をして、ヤミが言う。

「でも……それじゃあだらけきっちゃうよ!それは怖いって」

「…………たまには、だらけきってもいいんじゃない?君って今まで忙しく世界を回って働いてきたんだろ?夏休みだなんて、体と心を休めるいい機会じゃないか」

…………そうなのかも、しれないけど……でも…………。

だらけたら私、多分元に戻れない。それは、怖いよ。私はヤミとは違って、じっとしてたら沈んでいっちゃうんだから。あなたみたいに安定していないのに。

「……私、だらけきることに慣れてないから、ちょうどよくだらけきれなそうなの。ガチガチに決めなくてもいいけど、それでも方針みたいなものは決めたいよ。二人が一緒に暮らすんだから、ある程度の決まりは必要でしょう?」

「……わかった。君がそこまでいうなら、決めようか。まずは何を決めるの?」

私からは3つの方針を提案した。

ひとつは、平日休日を決めること。
ひとつは、食事の時間をだいたい決めておくこと。
そして、お互いのペースを尊重すること。

ここまでを伝えると、ヤミが少し呆れたように口を開いた。

「休日と平日って……どういう意味?夏休みの経験が少ない君は知らないのかもしれないけど、夏休みはずっと休日だぞ?」

「それくらい知ってるけど……!この夏休みはいつまで続くかわからないのよ?ずっと休日って、頭馬鹿になるって。それは嫌でしょう」

「……君も僕も、ちょっとくらい馬鹿になったっていい気がするよ」ヤミが右腕で頬杖を付きながら私に言う。

「いや、駄目だって……!あまりにも馬鹿になったら、シャバの世界に戻れなくなる!時空の魔道士ができなくなるよ」

「シャバって…………真面目だなあ……。……あ、それなら僕からも言いたいことがある」

ヤミは、私の方針に次の補足を加えた。

平日は4日休日は3日にすること。(週休3日制)
食事は基本的に一緒にとること。
お互いのペースを尊重しつつ、特に休日は一緒にいる時間を作ること。

「言いたいことは以上だ。せっかく二人でいるんから、ずっと個人行動はつまらない」

――ずっと個人行動はつまらない――

ヤミは、誰かと過ごす夏休みが嬉しいのかな。そうなのかもしれないな。『悲劇的な人生』だった彼には、人とのつながりが圧倒的にかけていたはずだから。

「……そうだね。せっかくの夏休みだもんね。ヤミは、何か一緒にやりたいことはある?」

ヤミの過去を想像すると、きっと夏休みを誰かと過ごすことなんてほとんどなかったんだろう。何か、『友達とやりたいこと』とかがあるんじゃないだろうか。その願いは、叶えてあげたい。

「…………海遊び、かな……」

「海遊び」

「子どもの頃は、ほとんど一人で遊んでいたんだ。母と遊ぶこともあったけど一人が多かった。きれいな海が近くにあるんだ。一緒に泳ぎたい」

「ふふ、いいね。私も海遊びなんて久しぶり。泳ぐのも嫌いじゃないわ」

「あとは……」

「あとは?」

「本当を言うと、僕は君と一緒にいられたら何だっていいんだ」

ヤミが私を見る。金色の瞳が私を映す。冗談を言っているようには思えない。

……そう、私はヤミの性格をわかっているはずだ。『彼は素直』。つまらない嘘なんてつかないと思うし、軽々しくそういうことは言わないと思う。

でも、こんなにまっすぐに言われるとどうしていいかわからなくなってしまう。私は彼と、どんな距離感で接したらいいんだろう。

「…………それなら、よかったね。ここでは私とい放題・・・よ。火置さんパラダイス」とりあえず冗談で応戦する。うん、そういう会話なら結構得意だ。

「はは、天国はここだったかな」

「……ヤミさ、出会う女の子みんなにそういうこと言ってないよね?ちょっと、あまりにもグイグイ来すぎてるよ?」

「…………そうかな。っていうか、僕が出会う女の子みんなにこんな事言うと思う?」

「思わないよ。思わないけど……私、あんまりグイグイこられすぎると引くから、自重しなさい」

「……はい……」

とりあえず、いつもの感じに戻せた、よかった。

この後私達は、必要なものの買い出し(といっても誰もいないから、商品を勝手に持ち去るしかなかった)に行った。駅前まで一緒に歩き、食料や生活用品、そして『カレンダー』を調達して帰ってきた。

私は家の柱に赤いピンでカレンダーをかけながらヤミに言う。

「どのくらいこの日々を過ごしたのか、カレンダーに印をつけたいなって」

月の満ち欠けのイラストが描かれているカレンダー。ここに来た初日を8月1日として、今日は8月3日。1日と2日に大きくバツをつける。

「……ねえ、火置さん」

「何?」

「一生この夏休みが続くっていう可能性もあるの?」

この質問をもらった時、少し空気が変わった気がした。彼は静かに私を見ている。一生、この夏休みが続く……。考えたくないことだけれど、ないとは言い切れない。

元の世界に戻れるかは、『運』の要素がからむ。時空を漂う世界の方向を厳密に制御することは難しいし、この世界がいつまで保つかも正直言ってわからない。でも、いたずらに不安にさせるようなことは言えない。

「……あるかもしれない。でもできる限り、頑張るけどね。元の世界に戻れるように」

「頑張るって?」

「私の魔法の感覚を使って、時空の流れに上手く乗るようにはしているの。元の世界には『ひずみ』が出来ているから、ちゃんと流れを捉えられればひずみに吸い寄せられるようにこの世界もくっついていくはずだから」

ヤミが私を見つめている。どうしてだか、その揺れない瞳に私は少し怖さを覚えた。そして、彼は言った。

「戻れなかったらいいのに」

え?

「なんてね」

「…………」

私は今まで、ヤミのことを怖いと思ったことは一度もなかった。

彼が自分の神様を頑なに信じていると知ったって、どう考えても異常な殺人を犯したと知ったって、怖いとは思わなかった。

彼の人生なら起こりうることかもしれない、彼の人間性ならありえるかもしれないと思っただけだった。

でもこのとき、彼はもしかしたらとても怖い人なのかもしれないと、ほんの少し考えたのだった。

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