彼から始まる、あるケース
今日は『普通のやつ』じゃないのを教えようか。
『普通のやつ』の二人はあんまり喋らない、って話はしたよね?『普通じゃないやつ』のときの二人は……まぁ喋る喋る。喋って興奮してまた喋る。そんな感じなんだ。
これはある事例。『彼が彼女の後ろ姿を見て始まったケース』の話。
この前二人で暮らす家のキッチンで、火置が吊戸棚を開けて何かを探してた。彼は……その姿を後ろから見てた。
手を伸ばして上の棚を開けようとしてる火置。腰が細い。背中が反ってる。おしりが上むいてる……。
その日の彼女の服装も悪かったのかもしれない。シンプルでタイトな黒いワンピースだったから、体の線がしっかりと見えていたんだ。
灰谷は腰を触りたくなっちゃって、後ろからそっと近づいた。そして、彼女の腰に自分の両手を添える。……添えただけなのに……細い腰にドキドキしてくる。
背後の気配に気づいていなかった火置は、突然のことに驚いて振り向いた。「ひゃっ!なに!?」
……その反応も、彼のハートに火を付けるだけ。だって灰谷は振り向く顔に弱いんだから……。ほら、彼は彼女にキスをする。キスだけで……あ、大きくなってきた……。
「どうしよう、火置さん……大きくなっちゃった……」
「なんで!?んっん……」
「だって、火置さんの腰が細いから……腰が細いくせにおしりが丸いよ……なんで?」
「なんでって……!ちょっ、と……!」
灰谷はずるい。火置が押しに弱いことに気づいてる。……刑務所にいたときから……薄々わかってたんだ。
今日は彼女から欲しいって言わせたくて、彼は焦らす。押して焦らして押して焦らして……。
「ね、火置さん……どうしよう……収まらない……。火置さんは……?まだ朝早いからやめた方がいいかな……?どう思う……?」
「どう思うって……!んっ……」
そう言う間も、彼はずっと触ってるの。左腕を背後に回しておしりを触って、もう片方では体の前を触って……その上自分のモノをおなかに押し付ける。
ツン……ツン……グリグリ。
顔は彼女の頭に埋め、そして耳を舐める。プルッと震える彼女。小さな震えにまた興奮して、彼は耳元で囁く。
火置さん……僕、入りたい…………。でも……火置さんが嫌なら入らない。僕、我慢する……。
耳元で「入りたい」は卑怯だよね。ほら、言われた火置はブルブルしてる。脳で感じちゃうんだから。
ずるいずるいずるい。勝手に息がハァハァして、止まらなくなる。無意識におしりがもじもじと動く。彼女だって、もう自分が濡れているのは分かってるんだ。濡れてるってことは、『入れて欲しい』。それも自分でわかってる。でも……まだ朝だよ?
「火置さん、おしりもじもじしてきたよ……どうしたの?」
「どうしたのって、ずるいよ、ヤミ……!」
「ずるい?どうして?」
「ヤミは……私がドキドキする方法を知ってる……!」
「…………そう?でも君だって……僕がドキドキするの分かってて、そんな腰の細いのがわかる服着るの?肩すくめて振り向くのもずるい……背中反らすのもずるい……火置さんが全部ずるいって…………」
「服は……!私が自分で似合うと思ってるのを着ているだけ……!」
「……そうだよね。知ってる。火置さんは自分に何が似合うか知ってるもんね……僕が勝手に……ドキドキしてるだけなんだ……」
「っ……ヤ、ミ…………」
「ね……火置さんはどんな僕にドキドキする……?僕、ドキドキされたいよ……僕ばっかりドキドキしてる。どうしたら僕にドキドキしてくれる……?」
「私だってよく、ドキドキしてるよ……。ヤミは、素敵だよ……」
「……例えばどんなとき……?」
「え、と……本を読んでる時の……表情とか手とか……ドキドキするよ……」
「それは、僕と抱き合いたいって思ってくれてるの?」
「……そう……なのかな……?ごめん、そう言われると……」
「それって性的魅力とはちょっと違うだろ……?そうじゃなくて、僕は火置さんに『セックスしたい』って思ってほしいんだよ……!」
「なっ、ちょっと、何言って……!」
……ほらね?すごくよく喋るでしょ?喋れば喋るほど興奮する二人。ほら現に……火置は『セックスしたい』の言葉に身震いしちゃってる。
……震えてるところ、彼にしっかり見られてるよ?
「火置さん……僕……もっとかっこよくなりたい……火置さんに『セックスしたい』って思わせたい……」
「!!な、ヤミっ……」
「はぁ……僕はこんなに……君とセックスしたいのに……君は違うの……?1日中僕に抱かれたいって思い続けて欲しい……僕にメロメロになってほしいのに……悔しい…………」
「っ!私はっ……ヤミにメロメロだよ……!?」
「いや……僕の方がメロメロだ……。悔しい……悔しいよ……火置さん……」
灰谷も、喋ってるうちにだんだん興奮してくるの。彼は彼女を体で取り込んじゃいそうなくらい……押しつぶしてる。
ただ彼の場合、興奮したとしても我を忘れるようなことは滅多にない。冷静に興奮する。だって彼女のことをちゃんと見たいから。その方が……内側が燃えるように熱くなって、気持ちよくなるから。
「火置さん……僕、火置さんから『セックスしたい』って聞きたい……言わせたい……言わせるまで、気持ちよくさせたい……」
困惑する彼女に顔を近づけて、彼はキスする。唇を舐めてから中に入っていく、ねっとりとしたキス。
舌を絡ませて唾液を吸う。唇を噛む。苦しいくらい長い口づけ。それだけで彼女はボーッとしちゃう。頭がふわふわしてうまく考えられない。あ……ヤミが興奮してる……。
彼は彼女をペロペロ舐めていく。首すじをペロペロ。服の上から全身を触る。「好き……火置さん」。彼の欲望を感じて、彼女はゾクゾクする。
洋服の上から胸を揉む。触り方がゆっくりでいやらしい。彼のしつこさは天下一品。
丁寧に優しく、でも強めに触っていく。服の上からだから、ちゃんと触ってるってわからせるように、しっかりと。痛くはしないけど、ちゃんと掴んで。上から、自分の影を落とすように迫りながら。『彼に襲われているんだ』って、彼女にわからせるように。
だって彼は『セックスしたい』って言わせたいんだから。男らしい、かっこいいところを見せたいの。
彼女を攻める男なんだって自分でわかりたいし、彼女にわからせたい。抱え込むように抱きしめて、おしりを強めに揉む。彼の息は荒い。「君は……僕のものだ……」。そんなの知ってる、知ってるのに、何度も彼はそれを言う。
灰谷は火置の首筋に歯を当てる。彼女はビクリと動く。彼の方を向き、目が合う。彼女は動けない。彼女は彼の目に弱い。なぜって食べられる気がするから。あ、敵わないって思う。食べて欲しい、めちゃくちゃにして欲しいって思う。私のこと、犯してって……思う。
その瞳にとらわれた彼女は何も考えられなくなって、本能しかなくなって……とうとうこうつぶやくんだ。
ヤミ……セックス……したい……。
彼が彼女に襲いかかる。下着を下ろして、立ったまま口で愛する。
「ああっ!ヤミっヤミ!セックスしたい!セックス、する!!」彼の頭をクシャッと掴みながら、彼女は言う。一度口にすると止まらないの。
「僕もしたい……あ、ここじゃ痛いよね……ベッドに行かなきゃな……」
ほとんど走るようにして2階へ行く二人。ベッドに倒れ込んで愛し合う。今日は彼が一方的に攻めている。こじんまりした屋根裏の部屋に、彼女の声が響く。ああっ!あああっ!ヤミ!!
『一方的に攻める』とは言っても、彼の出し入れはとても優しい。強くても優しいの。だから彼女はどんどん濡れちゃう。それが余計に恥ずかしい。
「気持ちいいんだね?火置さんの体も、僕とセックスしたいって言ってる……」
止まらない、止まらない。同じペースでずっとずっと。頭がおかしくなってくる。ずーっとぴちゃぴちゃグチャグチャ言ってるから。恥ずかしい。けど止まらない。
彼女はあっという間に絶頂に向かう。ジェット機の離陸みたいに、すごいスピードで。彼は仕上げとばかりに、親指でトントン突起を押しながら出し入れをする。彼女はほとんど叫んでる。「あああっ!ヤミとのセックス!きもち、いい!!」
自分の言葉に興奮しちゃったのか、彼女はビクビクしながら達する。だけど彼はまだやめないよ?さっきと変わらず同じペースで動く。奥まで大きく。
敏感な奥をずんずん押されるもんだから、彼女は痙攣が収まらない。そろそろやめてあげてもいいのに、止まらない。多分彼が達するまでやめてくれない。
彼女はもはや呼吸困難。灰谷は火置を見下ろしながら、ずっと出し入れしてる。「僕とのセックス気持ちいいね?ずっとしようね。気持ちよくなろうね」「…………!!!!!!」彼女は口を開けて苦しそう。
ギュウギュウ締める彼女の壁に圧迫されて、彼もすでに限界を迎えている。でも、頑張る。まだいける。
頑張る彼に、彼女は甲高い声で縋る。火置さんって、こんなに高い声が出るんだね。いつもは落ち着いてるのに……。彼は心の中で思ってる。
光と闇、正義と悪、天国と地獄、いつもの彼女とセックス中の彼女……。真反対のくせに切り離せずに絡み合うふたつの要素は、いつだって彼を魅了する。
彼を呼ぶ彼女の声が聞こえて、彼は達する。結合部を押し付けて体を反らす。彼女もビクリと背を反らす。二人の体は一箇所でつながって、そこから美しいアーチを描く。
限界まで我慢してから放出すると、すごく気持ちがいい。我慢はすればするだけ、ご褒美があるんだ。灰谷は身を震わせながら、彼女の中に出し切る。満足する。とても満足する。
……と、これが『普通じゃないやつ』のひとつの事例。また気が向いたら、教えるよ。彼と彼女の、『普通じゃないやつ』を。
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