今日の僕たちのセックスはすごく静かに、穏やかに始まったんだ。
お風呂上がり、ベッドの上で読書をしていた僕のところに彼女がやってきて、僕だけに聞こえるくらいの音量で「ヤミ」って呼んだ。
僕だけにって言うけど……もちろんこの部屋には僕しかいない。でも仮に他の人がいたとしても、僕だけにしか聞こえなかったと思う。それくらいの声。
僕は本に栞を挟んでからサイドデスクに置いて、彼女を見る。
彼女は僕を見つめて優しく微笑んでいる。火置さんはセックス前だというのに、無垢な少女みたいな、汚れの知らない聖母様みたいな表情をしていることがある。もちろんそうじゃないときもある。
どうしてこの違いが生まれるんだろう。僕にはまだその理由がわかっていない。早くその理由を知りたい。
あ、もしかしたら……今日は昼もしたから、しかも昼はちょっと激しかったから、今は『激しくしたい』っていう気分が落ち着いているのかもしれない。
今日の昼のは結構、すごかった。終わった時の彼女は、ほとんど喋れなくなっていた。でも、半分以上は火置さんのせいだと思う。
だって僕が、服の上から触れるだけでピクッとするんだよ?そのうえ、潤んだ目で僕を見るんだ。かと思えば、顔を赤くして顔をそむけたり……。
ちょっと触りたくなったから触っただけなのにそんな反応をされたら、僕は止められなくなってしまう。
周りに誰もいないこの夏休みは、僕の理性を簡単に脆くさせる。今の僕の理性、もうサクサクでポキポキだよ。ウエハースくらい軽くて空洞で崩れやすいんだ。以前の僕の理性の硬さがどうだったか、もう僕は覚えていない。
そんな調子で前からも後ろからもたくさんして昼抱き合ったから、夜はちょっと落ち着きたい。それに彼女の優しい顔を見ていると、ゆっくりしたいなと自然に思う。
何度も触れるだけのキスをして、おでこをくっつけてからキスをして、そのまま体を触る。体を触るのに僕らは、十分な時間をかける。僕も彼女も、気持ちを盛り上げるのをとても大事にしている。気持ちが盛り上がるととっても気持ちがいいことを、知っている。
昼間にいくら激しくしたって、彼女の体は渇かない。ちゃんと体を触ってると、彼女はしっとりと濡れてくる。視線でも愛する気持ちで、彼女の全身を愛する。火置さんはちょっと困った顔で「そんなに見ないでよ」と言った。
彼女のお願いを、静かに無視する。彼女をじーっと見てから、もう一度キスをする。
「ヤ、ミ……ん…………ふ…………」
「ん…………」
首を傾けて、深くまで。キスを深くするほど、火置さんの息は甘くなっていく。もっともっと甘くさせたい。僕は唇を離して、鼻が触れるくらいの近距離で、君を見ながら言う。
「入るね」
「……ん……」
僕はゆっくりとゆっくりと君の中に入る。熱く湿った入口に先端を飲み込ませる時、首の後ろに鳥肌が立つ。
君の顔の目の前で、「はぁっ」っと大きめのため息をつく。感じている僕の様子を、君に見せつける。
だって火置さんは、『僕が感じているところ』を見るのが好きみたいだから。僕はそれに気づいている。たまに顔を真っ赤にしながら、じーっと僕を見ているときがあるだろ?僕はしっかりと気づいているよ。
「あ、んっ」
「……火置さん」
「な、に……」
「幸せ」
「……うん、私も」
僕を中に受け入れたまま、火置さんがぎゅーっと僕を抱きしめる。触れ合う肌の細胞がパチパチと喜んでいる気がする。
でも、火置さんが抱きしめるために力を入れるから、中もキューッと締まって苦しい。これじゃ、キツイよ。僕、今回はもっと落ち着きたい。
「もう少し中の力抜ける?」
「え?……うん、やってみる……」
僕の首に腕を回したまま、静かに目を瞑る火置さん。目を瞑る彼女のまつげの長さを見る。先端を触りたくなるような、長いまつげ。
彼女の内部が、徐々に緩んでいくのを感じる。ふわぁっと、イソギンチャクが海水を飲み込むみたいに。
「あ、火置さんの中…柔らかくなった」
僕はとても素直に感想を言う。
「……ねえ、ヤミ?」
「なに?」
「ずっと疑問だったんだけど……『柔らかい』とか『狭くなった』とかって…本当にわかるものなの?」
ははっ、思わず笑う。彼女があまりにも無垢な顔で疑問を言うから。『ねえお父さん、どうして地球は丸いの?』そんなことを聞く女の子みたいだ。
「うん、わかるよ。特にゆっくり動いてたり、止まってたりするとすごくよく分かる」
「どんな……感じなの?」
「なかなか説明は難しいけど……そうだな、うん、あれをイメージするといいかも。血圧を測るやつ」
「……なるほど?」
「ぎゅーって、絞られていく感じがする。ただ、あそこまでわかりやすくはないから速く動いちゃうとなんとなくしかわからないんだ。だから、ゆっくりするのって大事なんだよ」
「なるほど……」
「……今、ふわふわ動いたよ」
「えっ?……やだ、無意識だよ……私の方がよくわかってないかも……」
「ふわふわの君、気持ちがいい。力抜いてて……」
そう言って僕はゆっくりゆっくり動き出す。
チャプン……チャプン……チャプン……
湖で水浴びしているような、湿った音。緩めてもらうと音が大きくなることに、僕は最近気づいてる。
たまに君の中がヒクヒクと動くのがわかる。この水の音にドキドキしているの?それとも、優しくこすれるのが気持ちいい?僕はそのどっちもに興奮する。それと、君の中が切なく動くのに、たまらない気持ちになる。
「きもち、い、い……」
「……うん、気持ちいいよね……」
火置さんがトロンとした顔になる。うっとりして、ほわほわして、あんまり何も考えられていない顔。僕にしか見せない、僕だけの顔。
「すごい……濡れてる」
「だっ、て……あ……はあ……やさしくて、きもちいい……」
「ゆっくりのほうが、色々わかるね」
「ヤミが、中で動いてるの、よくわかる……ゆっくり奥まで来るの……全部、わかる……」
「苦しくて、気持ちいい。なんだろう、この感じ、はぁ……」
もどかしさに身震いする。僕の身震いに反応して、彼女の中がぎゅうっと締まる。彼女はすぐに中を締めてしまう。力を抜いてって言っても、すぐに力が入ってしまう。
もちろん締まると気持ちいい。でも、締まると早く終わりやすい。
難しいんだろうなとわかってて、僕はいつもお願いする。「もっと力抜いて、我慢して」。だって、君だってもっとこの気持ちよさの海に浸っていたいだろ?我慢するほうが気持ちよくなれるなら、ちょっとくらい我慢してくれよ。
「ああっ、あ、むずかしい、むずかしい、よ……っ!ヤミ、きもちよくて、むず、か、しいっ!とまって、とまってくれないと、無理……!!」
どうしよう……彼女の声が高くなってくると、僕の判断が鈍っていく。もう、いいかな?彼女も僕も気持ちいいんだから、もう少しこのまま動き続けても、いいかな……。
僕は、彼女が必死に緩めたり、反射的に締めたりするのを感じながら、彼女の中でゆっくりと動き続ける。優しく優しく、でも無理難題を突きつけ続けて。
「ほら、締めたら駄目だ。ちゃんと緩めて……そう、ふわっとした。ああ、気持ちいい……」
彼女の甘い甘い吐息に包まれて、僕は深い海の底へと沈んでいく。
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