優しい君の、夢を見る
これは夏休みが始まって、2日目の夜に彼が見た夢の話
火置さんが僕に向かって微笑んでいる。白いワンピースを着て。
僕は裸で立っている。恥ずかしいよ、服を着てこなくちゃ。
火置さんが近づいてきて、僕の両手をそっと手にとる。僕はなぜか、勃起する。嫌われるよ、何やってんの……。僕は自分に呆れる。
「ごめん……」
僕は謝る。
「どうして?」
「どうしてって……いい気分じゃないだろ?」
「そんなことない。おかしなことじゃないよ」
「……手を握っただけなのに?おかしいだろ……」
「ううん、おかしくない。だってあなたは、ずっと欲しかったんだよね?一緒に、心置きなく話せる人。あなたに、ただ笑いかけてくれる人」
火置さんは、最初の微笑みのまま僕に語りかける。
「だから、こうなっちゃうのはおかしくないよ。元気な若い男の人なんだから」
僕はどうしたらいいか分からなくなる。これはいったい、どう捉えればいい?君を、抱いていいのかな?
……いや、だめに決まってるだろう……。君の優しさは、僕を勘違いさせる。
「……手を……離してくれないと、困るな……頼むよ」
僕はお願いする。……そんな優しい言葉をかけて、理解している風を出すのは、優しいようで優しくない。いくら理解してくれたところで、僕の思いは叶わないんだから。
「私が、してあげる」
「……え?」
聞き間違いかな?
逡巡していたら、火置さんが僕の両手から自分の手を離して服を脱ぎ始めた。彼女が白いワンピースをするりと取り去ると、その下は裸だった。
彼女は、僕の足元に膝立ちになり、僕の性器を口に含む。優しくふんわりと絡む舌。そこに、性的な興奮を与えようという意図は一切感じられない。ただ、僕を柔らかく包みこんでくれようとする。
「んっ、あ…………」
でも、当然だけど、僕は興奮してくる。火置さんが、裸で、僕を愛してくれている……。信じられない奇跡が、今僕の目の前で起こっている。この奇跡が消えてしまう前に、僕は僕の願いを叶えたい。
「あ、火置、さん、もう……」
「……もう出そう?」
「……入りたい……君に…………」
「口だけじゃ、満足できない?」
「口だけのつもりだったの……?それじゃあ、脱がないでほしかった……つらいよ、苦しくなるだけだ……」
「…………」
彼女は膝立ちのまま僕の顔を見上げていた。少ししてから「いいよ」といって、そのまま仰向けに寝転び自分で脚を広げた。
僕は目の前の光景に頭が真っ白になる。『いいよ』?……いいの?
夢にまで見た、君の体。自分で、自分の脚を持って開いて、僕を待ってくれている。優しい。火置さんは、優しすぎる。この優しさに、溺れたい。
僕は、何も言えなかった。何も言わずに、自分の性器を手にとって、彼女に添えた。
彼女は、静かに僕を待っていた。息一つ乱さずに、静かに。
彼女の中は、目で見てわかるくらい濡れていた。
どうして、濡れてるの?聞きたい、聞きたいけど、聞いても特別なことは答えてくれない気がした。『男の人が入ってくるって思うからだよ』。そういう、当たり前の事実しか答えてくれない気がした。目の前の君は聖母のように優しいけれど、きっと誰にでも同じように優しい。
僕は苦しくなる。
「火置さんって……優しいね」
「そんなことないよ」
「みんなに優しいもんね」
「そうかな……そういうつもりはないんだけど」
「じゃあ、どうしてこんな事してくれるの?」
「ヤミが苦しそうだったからだよ。見ていてつらくなる。助けてあげたくなるの」
「……そんな優しさ、残酷だな」
「どうして?あなたは求めていたはずよ、誰かに愛されること。誰かに包まれて、安心すること。ちゃんとそれを、受け止めたほうがいい。そのために、私を使っていいんだよ」
「……」
僕は……僕が求めていたのは……そういうもの?……そうなのかな……よくわからない。
「……じゃあ、使う」
「うん、いいよ。おいで」
僕は彼女の中に入っていく。彼女の中は、溢れる湧き水で満ちている。温かく、湿っていて、僕にまとわりつく湧き水。
「ああ……は、あ………」
気持ちいい。気持ちよくて、吐息が漏れる。どうしてこんなに優しいんだろう。
「気持ちいいよ。動いていいよ」
穏やかに、彼女が言う。僕は動く。くちゃくちゃと鳴り響く水の音。気持ちいい、気持ちいい、頭がおかしくなる。
「あ、あ、あ、あ、気持ちいい、気持ちいい……」
「ん、上手、上手だね、気持ちいいよ……そう、好きな速さで、動いて……」
彼女が僕の背中を抱きしめながら、頭を撫でている。あ、気持ちいい、気持ちいい。どこにも行きたくない。ここにいる。ここにいたい。ずっとずっとずっとずっとここがいい。ずっと僕を抱きしめていてよ。
「は、は、は、あ、やだよ、ずっと、ずっとここに、いたい、あ、あ」
「いいんだよ、終わるまで、私はここにいるからね」
「終わったら、いなくなるんだ、やだ、やだ、いかないでよ、他の人のとこにいくんだろ、やだ、やだよ」
「大丈夫。あなたが淋しくなったら、また使っていいよ」
「なにそれ……やだよ……違う、僕は……」
「……僕は、何?」
………………………僕は…………なんだ??
「…………僕は…………」
「……ヤミ。いいんだよ。苦しいことに気づかなくても。今は私がいる、それでいいじゃない。私があなたを癒してあげる。この休みは、そのためにあるんだから。
……ほら、もっと私を使って。私で気持ちよくなって。私はあなたを、救いたいの。あなたを包み込みたいのよ。悲しいことは、もう考えないで。悲しいことは十分今まで考えてきたでしょ」
彼女の優しい声に導かれて、僕は彼女の中で腰を振った。彼女の中は何度こすりつけても濡れ続けていて、乾くことはなかった。
僕は一度達しても離れずにいて、また復活するのを待った。離れたら彼女はどこかへ行ってしまうとわかっていたから、離れたくなかったんだ。
しばらく彼女の中でじっとしていた僕にあわせて、火置さんは何も言わずにいてくれた。だんだん自分の中心に血が巡るのを感じる。もこもこと彼女の壁をかき分けて大きくなる感覚。また僕は、動き始める。
「あっあっあっ、ひおき、さん、あっ」
「ん、ん、な、に?」
「やだっ、やだ、どこへも、いかないでよ……!あ、あ、あっ!きもち、いい、ああ、ああ!」
「うん、きもちいいね、ヤミは、上手、一緒に、きもちいいね」
「ああっ、ねえ、どこが、いいの?ねえ、ひおきさん、僕で、気持ちよくなって……!」
「私のことは、いいの。気持ちいいよ、ヤミ、ありがとう、いいこ、いいこ」
「あっあっあっ、やだ、やだよ、やだ、きもちよく、なって!僕で……あああっ!」
「ん、すごく、気持ち、いい。ヤミ、気持ち、いいよ」
火置さんは僕の腰辺りを触って、優しく動きのサポートをしてくれた。聖母様みたい。なんでも包み込む聖母様。僕の悲しみも、痛みも、欲望も、誰かの不幸も苦しみも全部全部包み込む。包みこんで、癒やして、浄化させる。
「っ、う、あ……」
「……大丈夫?休む?」
「…………はぁ、はぁ、大丈夫、だよ……」
浄化というのは、独り立ち。君に癒やされて満足した誰かは、次の場所に向かって歩きだすことができる。世界を救う君には、それをできる力がある。
でも、僕は浄化されたくて、君に包みこんでほしいんじゃない。『君に包みこんでもらうために君に包みこんでほしい』んだ。火置さん火置さん火置さん。優しい君。なんでも包みこんで癒そうとする貪欲な君。僕のことも、包み込めるかな。僕は包み込みきれないくらい、大きな暗闇を抱えている。この暗闇ごと、包みこんでくれるかな。逆にこの暗闇で、君のことを飲み込みこんでしまえる?誰のものでもない僕のものにできるかな?
休みもそこそこに、僕はまた腰を動かす。だって、『疲れたでしょ』とか、『もう出したいでしょ』なんて思われたくない。そしたら君は、僕を思って『そろそろ終わりにしようか』って言うだろ?それは絶対に嫌だ。
終わらないように、ゆっくりと。でも、君のことを満足させられるように、僕のことを離したくないって思ってもらえるように、強い意思を持ってしっかりと君を刺激する。僕のもので、君の体の中を……。
「ね、ね、僕、終わらないよ……。君がどこにもいかないって、約束してくれるまで、終わらない」
「ん、ん、ヤミ、なあに、それ……」
この言葉のあと彼女は一瞬だけビクリと体を震わせて「んっ、あっ!」と高い声をあげた。
たおやかな聖母様みたいな今までとは明らかに違う反応だった。……え、今の、感じたの?よかった?君の『いいところ』に当たった?
「え、どこ?あった?気持ちいいとこ、あった?」
「ん、や……大丈夫、全部、気持ちいいからっ、あなたの好きなようにして、いいよ……」
少し赤らめた頬で君は言う。どうして隠すの?僕、してあげる!ずっとそこしてあげるよ!
「うそだ、気持ちいいとこ、あったよね?どこ!?ここ?ここかな?あ、ここだ、ここだろ?ね、火置さん、ここ!どう?違う!?」
「んっ、んっ、あ、あ、あ、はぁ、はぁ、あ、ヤミ、や、だめ」
「あ、みつけた!みつけた、みつけた、いいとこ、あっ僕も、きもちいいっ!」
汗だくになって、僕は火置さんの反応がいい場所に腰をぶつけた。彼女の水の音が、どんどん大きくなっていく。ずっとずっと濡らし続ける火置さん。でも、さっきまでよりずっと、今はもっとずっと、水の音が強くなっている。気持ちいいんだ!誰よりももっと、きっと、ずっと、僕が気持ちよくさせてるんだ!
彼女の手がぎゅっと僕の背中を掴む。さっきまであんなに、お母さんみたいな手だったのに。やった、やった、僕は君が欲しい。絶対に誰にも、渡したくないんだよ……!!!!君からも、僕を欲しがって!優しくなれないくらい、余裕なんてなくなるくらいに、貪欲に、僕だけを欲しがって…………!!
火置さんは「あ、だめ、いく」とだけ言って、ビクリビクリと絶頂した。僕もそれに釣られるように、君の中で射精する。だって君の中が僕を搾り取ろうとするから。やっぱり、君は貪欲だ。貪欲は罪なんだよ?君を聖母様にはさせない……僕だけを求めて……。
僕は射精した後も、小さくなっていくものを君の中に入れたまま腰を動かした。終わったって思われたら、君がいなくなってしまうから。
君は絶頂の余韻に浸って、呆けた顔で口を開きながら僕に抱かれていた。でもしばらくすると優しい表情に戻って、「無理に動かなくていいよ、男の人は終わったら気持ちよくなくなっちゃうでしょ?」って言った。そんな、男をわかっているようなことを言わないで。もう一生絶対、他の男に抱かれないでよ。
「そんなことない、そんなことないよ。きもちいいから、このまま抱かれてて。また少ししたら、僕できるから……ちょっと今はこのまま我慢して……。次が終わっても、また大きくなるから。生きてる限りずっと、終わらないからね。だから、ずっとずっと僕の側にいて。どこへもいかないで」
こうして君を僕の体の下に封じ込めておければ、金輪際誰にも触れさせることはないし奪われることもないよね。
…………僕の夢は、まだ終わらない。
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