駄目って言わないで

駄目って言わないで

クチクチクチクチクチ……

あー、凄い音。頭が狂いそう。

丁寧に触れば触るだけ、火置さんの中からは潤沢に水分がにじみ出てくる。ヌルヌルとした、媚薬みたいな粘性の水分。少し生臭くて、懐かしい海の匂いがして、心の奥をざわつかせる魅惑の香水。その動物性の香りは、生命の根源的な部分を刺激する。

火置さんを見る。彼女は普段からは想像もつかないようなとろけて崩れた表情をして、体をよじって感じている。

「あー、あ、だめ、だめ、あ、だめっ、あ、きもち、いいっ!駄目なの!もう、いいから!来てよ!来て、きてきて、ヤミ、来て……!」

「だから、駄目って言わないでよ……」

限界が近そうな声を上げる彼女。僕が今触っている『この部分』は本当に敏感なようで、触らないときと触るときの彼女の反応の差は雲泥だった。

ちょっと前までの僕は、まさか彼女が触ることでこんなに変わるとは知らなかったから、そこを触るのよりも入って中で動くことを重視していた。

もちろん入る前には全身を丁寧に触ったよ?でも、こんなにしつこく執念深く、君に『駄目』と言われてもそれを跳ね除けてまで長時間触ることはなかった。

たくさん触ろうとすると火置さんが「早く」と言って来ていたし、その言葉通り早く入るほうが彼女が気持ちよくなれるんだと思っていたんだ。実際、入ったら彼女は『はぁ』と満足げなため息をついて、中をたくさん濡らしてくれた。だから、それで十分満足してくれているのだと思っていた。

……でも、僕はいつも気になっていた。火置さんが『達していない』ことに。きっともっと気持ちよくなれるはずなのに、彼女だってそれをわかっているはずなのに、それを求めないことに。

だから数日前、僕は勇気を出して君に提案してみたんだ。

『今日は君をイカせてみたい』

って。

最初は困惑していた彼女だったけど、一緒に気持ちよくなりたいからと説得してしっかり触らせてもらった。触り続けて15分くらいたった頃、彼女は初めて僕の前で絶頂した。あのときの感動は、言葉では言い表せない。感動と……興奮。それに、「今までこんな部分を隠し持っていたの?」っていう、ちょっと非難したいような気持ちもあった。

そして彼女の絶頂を見てからの僕は、毎回のセックスで必ず彼女をイかせることを心に誓ったんだ。

今まさに、僕の指に体を熱くしてビクビクと動いている火置さんを見る。……かわいい、すごく。触ると火置さんは『かわいく』なる。あまり触らないと余裕があって穏やかになる。余裕のある彼女は確かに素敵だけど、僕にしか見せないであろう『かわいい』姿は、穏やかな彼女以上の特別感がある。

だって火置さんは、普段だって穏やかだ。でも、『かわいい』姿はあまり見せてくれない。いつも強くて真面目で自立していて、ユーモアがあって知的だ。かわいい火置さんを見たことのある人は、とても少ないんじゃないかと思う。

「火置さん……?すごくかわいいよ。ビクビクしちゃうの、すごくかわいい……」

「ん、んっ、ん、あ、や、やだ」

「いっぱいビクビク見せて?」

「見ない、で!見てないで、一緒に気持ちよくなろうよ……!」

「ちゃんと一緒に気持ちよくなるよ。なるけど、何事も準備が大事だろ?しっかり触れば、君はもっと気持ちよくなれるから」

「だって、も、おかしく、なりそ……!」

「……そうだよね……だって……すごい、根元まで腫れてコリコリしてるし……」

そう、火置さんがおかしくなるまで触ってあげると、この部分はさらにぷっくりと腫れ上がって大きくなるんだ。これも、数日前にしっかり触ったから気づいたこと。

ああ……どうして最初の方の僕は、触るのを途中でやめていたんだろう?彼女が拒否したって、優しく諭して触り続けてあげればよかったのに。……すごくかわいそうなことをしたと思ってる。だって、僕は射精するのに君は……半分勃起させた状態で放置ってことだもんね?……残酷すぎない?いっそ時を戻したいくらいだ。毎回ちゃんとイカせてあげたかった。

この部分を丁寧に愛でてはち切れそうな大きさにまで育ててから、僕は彼女の中にゆっくりと入っていく。こうすると、中身まで連動してぷくぷくと腫れてしまうということにも僕は気づいた。中を腫らした火置さんの気持ちよさは、筆舌に尽くしがたい。つまり、僕がちゃんと触ることで二人とももっと気持ちよくなれるんだ。

その証拠に火置さんは今、息が止まっちゃうんじゃないかっていうような呼吸をしながら口を大きく開けてあえいでいる。

「あー……火置さん、すごいよ、中……」

「ーっ!あ……!」

「とろとろなのにキツイ……僕、つながったとこから溶けちゃうよ……」

「私、も、きもちい……っ!」

「本当?……火置さん……すごく苦しそう……ああ……」

「苦しいくらい……気持ちいい……」

……苦しいくらい気持ちいい。

日本語としては不自然な気もするけど、それでも火置さんの感じている快楽の強さが伝わってくるような言葉だと思った。

苦しいと気持ちいいが両立しないと考える人も多いだろうけど、少なくとも僕は苦しいと気持ちいいは両立すると考えている。むしろその先にこそ本当の気持ちよさがあるんじゃないかとすら思っている。彼女も……そういうタイプだったのかもしれない。気が合うようで、よかった。

「少し、動いていい?」

「動いてよ……私ばっかりは嫌……ヤミだって一緒におかしくなって」

「……僕はもうおかしくなってるよ」

僕は君を見るだけでおかしくなれるんだよ。

彼女が震える手で僕の腕を掴み、僕はゆっくりと前後の運動をする。こういう動きって、誰に教わったわけでもないのにどうしてできるんだろうか。不思議だなと思う。

僕達の間から聞こえるくちゃくちゃとした水の音。ゆっくりと中の肉をかき分けるとき、何度か震える火置さん。こんなに遅い動きなのに、僕達の間にはビリビリしたなにかが渦巻いている。ゆっくりな分、そのビリビリは感覚を直撃するから、なんとなく過ぎ去ることなんてできない。逃れられない。拷問のようなビリビリを、全身で受け止めて耐えるんだ。ああ、本当に「苦しいくらい、気持ちいい」。

「じゅぶじゅぶ言ってる……」

「ああ、あ、ああっ、ああ」

「そんなに、気持ちよさそうな声、出して……」

「だ、だって……!きもち、いい……!」

「……よかった」

「ヤミは……?ヤミも、気持ちいい……?」

「当たり前だろ……!おかしくなりそうだよ……!」

「あ、あああっ!うれし、い……!!」

ひときわ大きな声を上げて、火置さんはビクリビクリと感じた。喜び、恥じらい、いやらしさ。「言葉」でそれらを感じると、彼女は特に大きな反応を見せる。

「本当に気持ちいいんだね……」

「うん、うんっ!すごく気持ちいい……!」

『気持ちいい』が嬉しくて、思わず少し強めに挿し込む。すると彼女は「ああっ!」と悦びの声をあげた。……もしかしたら、いつも優しくしすぎているのかもしれない。もっと感情に任せて動いてもいいのかもと頭をよぎり……そしてその考えを霧消させる。だって「優しくない」を目指すのは怖い。最終的に殺してしまいそうだから、リスクは最初から背負っちゃだめだ。見えかけた暗黒の道は、入口を塗り固めて通行不能にしなくては。

別のことに気を紛らわせるため、彼女に話しかける。

「感じてる火置さんって本当にかわいいんだよ、知ってる?」

僕は火置さんに顔を近づける。

「や、やめて……」

彼女はすくめた肩に頬をつけるように僕から顔をそらす。

「本当だよ。もっと知ってほしい、自分のこと。君は自分が思ってるよりずっとかわいいんだよ」

囁くように、語りかける。空気で彼女の脳に言葉の記憶を刻む。サブリミナル効果。『君は、僕の前では、とてもかわいい』

「や、や、やだ、違う、やめて」

火置さんはいやいやと首を振って否定する。……本当に火置さんって「強くありたい」人なんだな。かわいいのは弱いと思ってるのかな。

「どうして嫌がるの?僕だけの前でかわいくなるならいいだろ?」

僕は本気で問いかける。だって、そこまでして嫌がる理由がわからない。程度の差はあれど、女の子って『かわいい』って言われたいものじゃないのか?

「恥ずかしい、よ……!私はかわいくない、かわいくない……!」

僕は思わず口をつぐむ。火置さんって、自分のことを魅力のない女性だと本気で思ってるのかな?

「……本気でそう思ってるんだ?」

僕は火置さんの目を覗き込みながら尋ねる。少しだけ間を空けて、彼女は答えた。

「私は……そういうキャラじゃない……」

「そういうキャラ……」

……まぁ、言わんとすることはわかる。火置さんはどっちかというと「余裕のある強いキャラ」。「見るからに、一人でも生きていけますよってキャラ」。……実際そうなのかもしれないけど。

「似合わないことをするのはいたたまれない、自分を好きになれない……!」

「でも、僕は好きなのに」

「あなたに好かれるのは嬉しいけど、自分を好きじゃないと駄目だよ……!」

「…………そうなの、かな」

僕は、このとき明確にこう思った。

『この人のこと、壊しちゃいたいな』

こんなに意地っ張りで、気持ちいいのだって本当は好きなくせに口では嫌がってて、僕のこと好きだって言ってるけど僕が欲しいものを頑なに見せてくれない……。僕が無理やりこじ開けないと、彼女だって楽になれないんじゃないかって思った。そして何より僕自身も、ちょっとイラッとしてしまった。なんて強情なんだろうって。セックス中くらい素直になってもいいんじゃないか?って。

僕は無言で体を起こして、彼女を見下ろす。お腹に冷気が流れ込んで、人肌の恋しさが増す。触れたい思いを押し込みながら、僕は親指で彼女の敏感な部分を撫でつつ腰を押し付ける。無機質に、ただただ無機質に。

彼女は中をぎゅうぎゅう締めた。言葉らしい言葉は何も喋れなくて、助けを求めるように僕を掴もうとしたけど、体が遠くて届かなくて、必死にベッドシーツを握って気持ちよさに耐えていた。

どれくらい続けていただろう。やがて彼女の様子が明らかに変わった。落ち着かない様子で首をいやいやと左右に振りながら、しきりに怖いを連呼しだしたんだ。

「あっ!あっ!あっ!や、やっ!こわい、怖い!こわいこわいこわい」

……怖い?なんで怖いの。

「あ、あたま……ぐちゃぐちゃ……怖いよ……こわい」

「……それって気持ちいいってことだよ。火置さん、もうすぐイクんだね」

「駄目……駄目になる……あ……も、だめ……あーいく、いく……あ……」

急に瞳をぼんやりさせて、呟くようにボソボソと喋りだして、とうとう火置さんおかしくなっちゃたかなと思った。

指を止めず、腰の動きも止めずに彼女の様子をじっと見ていたら、次の瞬間彼女はすぐに絶頂した。

映画とかでは見たことがある……ピストルで撃たれた人みたいに、目を見開いて背中をびくっと反らせて、息をつまらせて、彼女は絶頂した。本当に気持ちいいと、喋れなくなっちゃうのかもしれない。口は大きく開けているけど、その空洞からはひゅーひゅーとした息しか出ていなかった。

僕もまたぼんやりと……彼女の様子を見続ける。火置さんをピストルで撃ったら、同じような感じになるんだろうか。嫌な想像だけど、ほんの少しだけ見てみたい。この火置さんを知ってしまったから、ピストルで撃たれた火置さんを見て「気持ちよさそうだな」って感想が頭をよぎってしまうかもしれないな。

「……気持ちよさそう」

まだ彼女はひゅうひゅうと苦しそうに呼吸している。時折反射的に腰がビクリと動く。その刺激にやられて、僕も少しだけ「う」と呻く。

「……僕も君も、知っちゃったね。もう戻れないね」

少しだけ彼女の眉間にシワが寄った。……嫌だった?もう遅いけどな。

「僕を選んだ時点で、結果は決まってる。君は僕を選ぶべきじゃなかったんだ」

セックス中にピストルで撃たれる姿を想像するやばい男。火置さんは壊滅的に見る目がない。

「でも……選んでもらった以上、君には満足してほしいんだ。僕は君にできる限りのことをしたい。君が求めるなら何だってする。セックスに関しては、君が求めなくても絶対に気持ちよくさせてあげるから」

「……ヤ……ミ……」

かすれた声で火置さんは僕の名前を呼んだ。どうしてだろう。一度イッたからなのか、憑き物が落ちたようにクリアな目をしていて、その純粋さにぞわりとする。

「…………大丈夫?元に戻ってきた?」

「お腹、もっとくっつけて……」

「……寒い?」

「くっつきたい……安心させて……」

僕は彼女に腹を寄せる。彼女ははぁと甘くため息をつく。本当に幸せそう。僕も……幸せになれる。魔法みたいだ。

彼女にとって、気持ちよさと幸せは別種のものなんだろうか。気持ちいいときの彼女は、あまりため息をつかない。どちらかというと、苦しそうに見える。気持ちよさを与えることは、彼女のためにならないのかな。

ぐにゃりと濁る僕の心と頭。……火置さんって、わからないな。いつわかるようになるんだろう。こんなに僕は君を知りたいのに。……僕が他人を知ろうとすること自体、間違っていたんだろうか。

せっかくかわいい彼女が目の前にいるのに、僕はどこか遠いところを見ていた。でもそんな僕にふわりとかけられる声が聞こえた。うっとりした火置さんの声。

「ヤミの壊れた心……」

…………。

「すごくキレイ」

「はっ……何言ってるの」

「ヤミの怖いところ、もっと教えて……」

火置さんが僕にキスをして、僕はその後はちょっとよくわからなくなって、気づいたらこの行為は終わっていた。

息を整えて、気持ちを整理して、隣でちゃんと彼女がすやすや寝ていることを確認して、僕は安堵する。記憶を曖昧にするなんて、流石に危険過ぎる。次からは気をつけなくちゃ。何かあってからでは遅いんだから。

誰からも愛されずに死ぬべきだった僕を、どうして火置さんは救ってしまったんだろう。自らバッドエンドに直行するなんて、頭がオカシイとしか言いようがない。

僕だって、あの時死んでいたほうが幸せだったかもしれない。君が僕を救ってしまったから、僕は君から離れられないでいる。

最近は、夜が来るのが恐ろしい。朝と昼の健康的な火置さんには希望を感じられるのに、夜の妖しい火置さんに抗えない引力を感じて、もっと深い闇の奥に一緒に落ちていきたくなる。

どっちの火置さんも好き。だけど、夜の火置さんは怖い。かわいくて、妖しくて、いやらしくて、怖い。昼のうちに、僕のことをどこかに追いやってほしい。そうすれば、僕は仕方がないって納得して諦められるかもしれないから。

※別の「二人の愛し方」を見る(クリックで開閉します)

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