いちごを食べたふたり
私達は、いちごを食べていた。
駅前のスーパーで物色していたら美味しそうないちごを見つけて、久しぶりに食べたくなったのだ。
家に着いてから私はいちごを洗い、フルーツボウルに盛ってローテーブルに置いた。ソファーに座ってテレビで映画を見つつ、私達はいちごをつまむ。
でも………私は、テレビのお供にいちごを選んだことを、今になって猛烈に後悔していた。
だって、私の目の前で彼にかじられているそのいちごは、私が知っている甘酸っぱくてキュートな果実ではなかったのだから。
私がいちごだと思っていたそれは、彼がつまんでかじることで……妙な催淫効果を持った……悪魔のフルーツへと変貌してしまっていたのだから……。
……我慢できずに、私はうめきながら口を開く。「な……んか…………」
「ん?」
「いちご食べてるヤミ…………なんか……」
「え、どうした……?」
「せ、セクシーだよ……」
彼の前で変な告白をする。『私はいちごを食べているあなたをセクシーだと思いました』っていう、謎の告白。
……告白というより、懺悔かも。やましい目で見てごめんなさい。ヤミ、ただいちご食べてただけなのにね……。
「…………え……」彼は明らかに困惑した表情をしている。
いや、困るのはわかるよ。わかるけど……待ってください。私だって困惑してるんです。どうしてこんな気持ちになるのか、わからないの。
「赤いものが、背徳感ある……なんでだろ……」
「火置さん」
「はい……」
「毎日してても……足りなかった?君を……満足させられてなかったかな…………?」
「欲求不満じゃないよ!」それは、断じてない。
「違った?でも……いちご食べてる僕に欲情するなんて、君もなかなかだよ」
「欲情って……!!でもヤミは……!セクシーじゃない……!自分でわからない!?」
「……僕ってセクシーだったんだ?知らなかったな……!」挑発するように、少し大袈裟な声を出す彼。
本当に気づいていないのか、分かっていて言っているのかはわからない。彼は自分自身の評価に鈍感なところがあるけれど、かと思えば妙に自己分析ができていたりもする。
「色気が……あるよ、あなたには……」
いきなり音程を落として「へぇ」と言いつつ、目を細めるヤミ。……やめて、ドキドキしてくる。
「じゃあ君は僕の色気にクラクラ来てるってこと?僕を見てると、そういう気分になってくるってこと?」試すように、彼は私に問いかけた。
「…………ふとした時に……そうなることがあるよ……」悔しいけれど、正直に答える。だって、隠したってバレてしまう気がする。もう自分の表情がうまくコントロールできていないもん。それくらい、自分でもわかるもん。
「…………今度から、言ってくれよ。そういう気分になった時は」
「嫌だ、恥ずかしい」
「我慢は身体に毒だよ」
「我慢したほうがいいこともあるよ!」
「とりあえず今日はちゃんと言ってくれたんだから、君の欲求不満を解消するよ!」
「だから欲求不満じゃないってば!」
…………と1階のリビングで言い合いをしていたのが5分くらい前のこと。今私達は、2階屋根裏の寝室にいた。
どうして寝室に向かうことになったのか?「君の欲求不満を解消する」といったヤミが、いちごをひと粒手にとって「付いてきて」と言ったからだ。
私はちょっと納得がいかないと思いながらも……彼に付いて2階へと階段を上がった。
「……結局ベッドに付いてきちゃうんだね」
勝ち誇った顔をして、ヤミが言う。ホイホイついていく私も私だけど、そういうこといちいち言わなくていいと思う。そんなんじゃモテないよ、馬鹿。
「イジワルだね……!」
「はは、ごめんね。……それじゃあ、始めるよ?ほら、いちごを持ってきたから」
彼の長い人差し指と親指の間にある、つややかな赤い果実。どうして彼がつまむと、いやらしく感じるんだろう。なんだか今後、いちごのことを普通の目で見られなくなりそう。
「どうするの?」
「一緒に食べよう」
「え……?」
ヤミはベッドに腰掛け、いちごの先端を前歯で小さくかじった。そして前歯の上と下でいちごをはさんだまま、息が詰まりそうなほどに妖艶な瞳で私を射抜く。
ゴクリ……
なに……生唾を飲み込んでるの。エッチなお姉さんに誘惑された男子高校生じゃないんだから。
でも……私にとっての彼の視線は、男子高校生にとってのエッチなお姉さんと同じ……というかそれ以上かも。
何を隠そう、私はヤミの目にとても弱い。あなたの目は簡単に私の心臓のリズムを変え、息の音色を思うがままに調整し、体の色んな場所から水分をにじませていく。
……どういうことだろう。ヤミの目からは、人を操る光線がでているのかな。
白い歯と赤いいちごが生み出す刺激的な光景におかしくなりそうになりながら、私はふらふらとベッドに引き寄せられる。
甘酸っぱいいちごの香りが、私の情緒の計器を狂わせる。いちごはピュアなアイテムだと思ってた。でも、全然違った。異常を検知しました。至急、そのいちごを排除してください。
彼が咥えるいちごに、口を近づける。彼の口から、いちごをかじりとる。果汁が溢れて、二人の服を汚す。彼の唇を、赤く汚す。すごく……いやらしい。なんで?ヤミ、口紅を引いたみたいになってる……。
「っ……はぁ、ヤミ……!」
あぁヤミ、やらしい、なんてやらしいの。いちごを食べているだけなのに、これじゃあ色々な人を魅了しちゃう。他の女だって……場合によっては男だって魅了しちゃうよ。だめ、だめ、だめ。誰にも渡したくない。ヤミは私のものよ?絶対に渡さない。渡したくない。
金輪際いちごなんて、食べないで。私の前だけならいい。外では絶対に、食べないで。
隠せない自分の興奮。知ってる?理性が飛ぶって、本当にあるんだよ。自分で自分の体を制御できなくなるんだから。
深く舌を入れて、ヤミの口の中から残ったいちごのかけらをすべて奪い取る。唇についた果汁を舐め取って、キスをする。いちごの香りとかけらを全部全部お掃除。あなたにいちごは禁忌の組み合わせ。だめ、ちゃんときれいに取らなくちゃ駄目。
私はケモノさながらの荒い息で、必死になって、夢中になって彼の口の中を貪った。ヤミが驚いた目をした気がしたけど、そんなのもう気にしていられない。いちごのせいで、私の情緒は壊れたの。いちごを食べた、ヤミが悪いんだ。
「んっ…ん、ふ………んっ……」
クチュクチュという唾液の混ざり合う音に、頭はオーバーヒート気味。私は『恥』の感覚が強い人間だと思う。でも、今回は駄目だ。恥ずかしいとか言っていられない。
「はぁっ、はぁっ、ヤミ、いけない……ヤミはいけない…………!」
「……何が……いけないの?」
「ヤミはやらしいよ……!だめ、人に見せられない……!すごく、いやらしい……!だめだよ、こんなの……!」
「……存在が、いやらしい?」
目を細めて私を見る。囁くように、問いかける。その姿と声に精神が壊されて、頭がボーっとしてくる。熱に浮かされる。私が私じゃなくなっていく。
「あ…………やらしい……ヤミのこと、見てるだけで……私……」
「いいよ、好きなように使って。僕のこと」
(続く)
※後編

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