「火置さん……馬鹿なこと言っていい?」
「え?珍しいじゃん!ヤミが馬鹿なこと言うなんて?」
「…………セックスって、こんなに気持ちのいいものだったんだね」
ブフッッ!!!!!!
盛大にコーヒーを吹き出す彼女。…………前にも見た気がするこの光景。
「……はい、ティッシュ」
「ゲホッ、ゴホッ!」彼女は咳き込みながら口を拭き、そのあともう1枚ティッシュをとって机を拭いた。その後またちょっと咳き込んだ。
「今まで……知らなかった。好きな人とすると、こんなに素敵なんだって、初めて知ったんだ」
「ちょ、ちょっと……何、童貞みたいなこと言って……」
「え、失礼な。僕は童貞じゃないよ」忘れちゃった?彼女がいたこと、話したじゃないか。
「いや、それは知ってるけど……!」
「今までのセックスって、ただ溜まったものを外に出していただけだったのかなって。そのくらい違うんだ。生理現象の処理と、愛を確かめるための特別な営み。少なくとも、性質が全く違うものだった」
「…………今までの相手に、失礼よ」
「そうだね…………謝らなくちゃいけないな」
「…………」
「僕、君に会うまでは別に、一人でするのでも全然構わなかった。セックスするのって手間ではあるだろ?正当な手続きを踏むのであれば……気になる女の子を見つけて、自分を好きになってもらって、恋人にならなくちゃいけない……。正当な手続きを踏まないにしても、セックスできる相手を見つけて合意を取らなくてはいけない。面倒くささの方が圧倒的に勝るんだ」
僕の言葉の後で、彼女は疑うような視線を僕に投げかけながら尋ねる。
「……抱きあいたいと思うほど、誰かを好きになったりしなかったの?」
「……身近な誰かに性的な欲求を感じたことはなかったな……。でも、小説の中の女の子とか、映画を見てムラムラしたりとかはあったよ」
「なんか、『いかにもヤミっぽい』ね」
「だから、そんな面倒な手続きを踏んで、わざわざ本当に好きかどうかもわからない相手とセックスするなら……美しい小説の世界に浸って、自分でしたほうが断然いいなって思ってた」
火置さんは困ったように微笑んでから、「変わっているけど、あなたらしいといえばあなたらしい」と肩をすくめながら言った。
「でもさ、君とのセックスは……。……僕、世界が変わっちゃったよ。君と抱き合わない人生はもう、考えられない」
「っ……そ、う……」
「…………はは……バカだって笑っていいんだよ?僕は君みたいに慣れていないから、浮かれているのかもしれない。というか浮かれているね、確実に」
「ちょっと、待って。私は……」火置さんが必死な表情で僕を見た。
「…………何?」
「私は別に、慣れているわけじゃないよ。だって………………。だって、私からああやって男の人を誘ったのは、初めてだったんだから……」
……え、『私からああやって男の人を誘ったのは、初めて』だって?正体不明の嬉しさで胸が一杯になって、なかなか自分から次の言葉が出てこなかった。どうにか気を持ち直して、「本当に?」とだけ君に問う。
「本当。私は……自分からは、誘わなかった。過去の恋人相手では、いつも受け身だったの。しっかりと考えて、何にも流されないで、自分の意思で抱き合うことを選んだのはあなたが初めてなんだよ」
………………僕が、君の、初めて……。
「っ火置さん……!」
「な、なに?真剣な顔して…………」
「僕、今の君に入りたい……!」
「!い、今って……でも、まだ私、昼ご飯食べ終わってない……」
「食事は後じゃだめ?」
「後じゃダメ?って言われても……!だって、食べかけなのよ?せめて食べ終わるまで待ってよ!食べ終わったら、しようよ……」
「……わかった。待つから、早く食べ終えて」僕は両手を顔の前で組んで、彼女をじっと見ながら待つ。でも彼女は顔を赤くしてこう言った。
「…………ん、っ!そんなに見られてたら、うまく食べられない……!後ろ向いててよ……!」
「…………わかったよ……」
僕は椅子を後ろに向け、背もたれの上で腕を組んで、下を向く。……下腹部に熱を感じる。
本当は『今』入りたかった。僕は、君を求めたその瞬間に君に入りたいと思っている。いつだって、そう思っている。
早く、早くしてくれ…………。ワガママだって言われても、どうしようもできない。体と心が求めてしまうんだから。これを『教えた』君の責任でもある。頼む、協力して。僕の焦りを、君がなだめてくれ。
「ヤミ、食べ、終わった」
まだ少しもぐもぐしながら、彼女は僕に言う。焦らせたのは申し訳ないと思ってるけど、僕の衝動の方が、絶対に緊急度は高い。
「ありがとう、ベッド行こう」
「…………うん」
君の手を引っ張って、僕は先を急ぐ。君は少し困っている。でも、僕に付いてきてくれる。僕の焦りを感じて、戸惑っている。
『なんでそこまで』って、思ってる?でもこれはとても重大なことなんだ。僕は、この衝動が最高潮のときに、君にその思いを伝えたい。こんなにも求めているんだってことをダイレクトに伝えるには、その瞬間に入らないと意味がない。
僕達は屋根裏部屋に入り、君の方へ振り向く。まずはキス。舌を入れて、君のことが欲しいってことを表現する。
「ん、ん……ふ……っ」
「はっ、ん……ん…………」
酸素がいきわたらない頭がポワンとした顔。切なさに眉を下げる君。僕の気持ち、ちゃんと伝わってる?
火置さん、ちゃんと僕のことを考えて。どんなに激しい気持ちで君のことをほしがっているか、ちゃんと考えて。なんとなくで愛されないで。
「服、脱がすね」
「ん……うん…………」
立ったまま君の服をスルスルと取り去っていく。君を全裸にして、僕はズボンとパンツだけ脱いで、そのままベッドに連れて行く。
「ヤミ、上、まだ着たままだよ……」
僕は下半身だけ裸。しかも勃起させて、息を荒くして、彼女に入ろうとしている。変態と言われても仕方がない格好で、僕は君を求めている。
「いいよ。僕は『今の』火置さんに入りたいんだよ。本当は、さっきのあの瞬間に入りたかったんだ。あの時の気持ちとか衝動は、あの時だけのものなんだ。その瞬間に君に届けたいものだったんだよ。服なんて、入った後に脱げばいいだろう?」
「…………ヤミ……」
入るよ、と小さく宣言して、君の中にゆっくりと入っていく。僕の着ている薄手のカーディガンが君を覆い隠す帳みたいになっている。これなら、最後まで上を脱がないほうがいいかな。君のことを捕まえておくための檻みたいに見えて、とても安心するから。
「ヤミ、ヤミ、あ…………」
ふるふると震えながら、君は僕の背中に抱きつく。カーディガンの内側に手を入れて、肌に触りたいと泣きそうな声を出す。それなら、Tシャツの中に手を入れていいからと、僕は言う。
「や、み……はぁ…………」
「火置さん、好き…………」
中に入った状態で、僕は彼女の体をぎゅうっと抱きしめた。奥がきゅっと狭まって、その圧迫感が気持ちいい。当分はこのまま、動かずにじっとしていたい。
(続く)
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