「ヤミ、見て!あの雲ヤミにそっくりだねぇ!」
「……え、どれ?」
「あれあれ!……うーん、あっちのも似てるかな……」
「…………なんとなくふわふわした形のなら、なんでもそう見えるんじゃないの……?」
「……違うって!ちゃんとこだわりがあるの。だってほら、あれは似てないでしょ?あっちは似てるけど。ヤミの髪は猫っ気でふわふわだよねぇ」
「…………似てるかな?よくわからない……」
「わからない?そう……?」
君の瞳がまた空を向く。キラキラしてきれい。すごく楽しそうに見える。空に僕を探して、喜んでくれる君。
……こんなことってあるんだろうか?あっていいんだろうか??ちょっと、未だに信じられない。
「私、雲を見るたびにヤミのこと思い出すんだ。夕闇の雲を見ると、あなたの頭の色にそっくりだなって思うし」
「…………そう」
ふと、君に触りたくなる。僕は君を見つめ、少し体を寄せる。君は近づいた僕に気づく。どうしたの?って、控え目に聞く。
「…………」
「ヤミ、見すぎ……照れるからやめて……」
僕は君を抱き寄せる。君は抵抗なく、僕の胸に収まってくれる。
「………………」
何も言わない火置さん。小さな肩幅に、キュンとする。君はいつも堂々としているけれど、その体はとても繊細な『女の子』だ。
僕は……彼女に入りたくなる。ホントはいつだって入っていたい。24時間入っていたい。でもそれはできないから、心の奥に押し込めて抑えている。でも、ふとした時に出てきてしまう。
僕のキモチは不可逆だから、出て来たものを戻すことはできない。だから、出てきてしまったら諦めて、素直にそれを彼女に伝えるようにしている。
「……入りたい」
彼女はびっくりした顔をして僕を見る。……そうだろうな。だって、まだこんなに明るいのに。綺麗な青空が広がっているのに。
でも、僕は「セックスはしたい時にするものなんじゃないの?」と思っている。セックスは愛情の発露だから、相手を求めたくなったときに自然にしたくなるものなんじゃないだろうか。僕はそう思うんだ。
ただ、やっぱり世間一般の暗黙のルールみたいなものがあるようで、彼女はなんとなく「セックスは夜にするものだ」って思っていたような気がする。
……とはいえ、ここ数日で彼女の意識も変わってきているみたいだけど。最近は朝彼女から求めてくるときもあるし、昼間に僕が求めても驚かなくなってきた。
でも今回は、あまりにも突拍子がなく感じたのか、彼女は驚いている。
「…………いいよ?……どうしたの、いきなりだね」
心をいったん落ち着けたんだろう。一呼吸置いてから彼女が口を開く。……OKしてくれた。嬉しい。
「そうだね。君が空を見て僕を思ってくれてるんだって思ったら、入りたくなって」
「何だそりゃ」
クスクス笑う君。さあ、了承が得られたなら今すぐにでも始めたい。僕は君の手を取って、海辺の家に急ぐ。
***
「濡れてる?もう少し濡らしたほうがいい?」
「ん……十分濡れてると思う……いいよ、来て……」
「…………わかった……」
ベッドの上で、裸で向かい合って座っていた僕ら。僕は君の腰を手で寄せて、ゆっくりと中に入る。
君は少し身を固くして、僕の侵入の感覚に耐える。抑えた息の、砂糖菓子みたいな甘ったるさに、目眩を起こしそう。
完全に奥までくっついて、僕は君を抱きしめる。火置さんの体温を感じる。すごく落ち着く。体や心が溶けて君に混じっていく感じがする。目を瞑ると、自分がよくわからなくなっていく。
ああ、僕の落ち着ける場所。
僕が、さっきみたいに衝動的に火置さんに入りたいと思う時のほとんどが「ただくっつきたい」からだ。別に、ムラムラして出したいから入りたくなるんじゃない。
優しく僕を受け入れてくれる彼女を感じたくなるんだ。それを、いつだって感じていたいんだ。
「……ヤミはよく、いきなり『入りたい』って言うね?」
目を瞑ってただ彼女を抱きしめていた僕に向かって、火置さんが尋ねる。
「……そうだね。驚いた?っていうか、驚いてただろ。そういう顔してたよ」
「だって、まだお昼にもなってないのに……」
困った顔で微笑む火置さん。でも、嫌がっている顔ではないと思う。僕は安心する。
「くっついていると、安心するんだ。癒やされる」
「……安心したくて、入りたくなるの?さっき安心できてなかった?」
「いや、すごく安心して落ち着いてたよ。とてものんびりしてた」
「じゃあ、なんでだろうね?なんで安心したいんだろう。自分で言うのもなんだけど、さっき相当癒やし系な会話してたと思うけどなぁ。あの雲ヤミに似てる!って、癒やしの会話じゃない?」
体をつなげたまま、彼女がクスクスと笑う。笑うとお腹に『くっくっ』っと力が入って、ちょっとキモチイイ。
……でも確かに、そうだ。僕は安心していたはずだ。でも、安心する場面であればあるほど、彼女に入りたいと思うときが多い気がする。どうしてだろう。
「…………そうだね、どうしてだろうな。すごく安心して癒やされてたのに」
僕は欲しがりなんだろうか。彼女とののんびりした会話以上の安心がほしい、癒やしがほしい……そういうことなんだろうか。……なんとなくしっくりこない。違うような気がする。
僕が悩んでいたら、頭の上にふわっとした感覚。火置さんが僕の後頭部をなでてくれていた。
「ヤミの髪、本当にふわふわ。ずっと触っていたい」
僕はとても満たされる。瞼を閉じ、また君との一体感に身を任せる。
(続く)
※続きはこちら
