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「刑務所編」の目次を開く
第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
最終章 二人の夏休みへ
カミサマの懺悔室
~灰谷ヤミの死刑の日~
「さてさて死刑当日です。私から聞きたいことはひとつだけ。死刑を延期する気になりました?」
「………………ああ、延期……してくれ」
「OK!それなら安心しました!」
「あんたは『僕の信仰心が強い理由』を研究したいんだっけ?」
「いや、それはもういいんです」
「?……なんでだよ?」
「あなたの役割は変わりました。新しい役割は『火置ユウの協力を取り付けること』です」
「どういうことだ?」
「あなたを対象にした研究は失敗したと判断したんですよ。とても悔しいですが、潔く認めます。だってあなたはあまりにも特殊だったからです」
「前回から話がコロコロと変わりすぎてついて行けないな……!僕の信仰心を研究したいから死刑を延期するって言ったり、やっぱり辞めるって言ったり……」
「まあまあ、聞いて下さい。研究成果はね、汎化できないと意味がない。他のケースにも同じように当てはまることが出来て初めて、研究は成功したと言えるのです。
今回の場合は、あなたの強烈な信仰心を他人に当てはめて、私『カミサマへの信仰』に応用する……これが最終目的ですね。でもそれは無理でした」
「どうして突然……そういう結論になるんだ」
「ここまであなたのことを観察してよーくわかりました。あなたの精神がちょっと異常だったから、その強烈な信仰心を生み出せた。結論としては、あなたの信仰心はあなたあってのものだった……そういうことです。
あなたにしかできないことであれば、それは再現性のない特殊事例として処理せざるをえない。なんてつまらない結末なんでしょう」
「……ちょっと待て、それじゃあ僕の死刑延期はなんのためなんだ?と言うか、火置さんはどうしたの?昨日一度も会わなかった。まさか、彼女に何かしたんじゃないだろうな?」
「はっきり言えば、何かしました。……あ、でも!あなたが思うような嫌らしいことはしていませんのでご安心を。って何度この事を言えば気が済むんですかもう……」
「おい、彼女はどこにいるんだよ!火置さんは無事なのか!?」
「無事……ではありますが、今後無事のままでいるかはあなた次第です。単刀直入に言いましょう!これからあなたがやるべきことはたった一つ!今すぐこの場であなたの神様信仰を放棄し、私に忠誠を誓いなさい!」
「……何を言っている?どういうことだ?」
「棄教の証として、あなたの掲げる『禁忌の項目』を今日実践してみせてください。火置ユウ相手にね」
「禁忌の項目……?」
「禁忌の項目ですよ。忘れたとは言わせませんよ?だってあなたが自分で定めたものでしょう?『殺人・強姦・いじめや洗脳・生き物の無意味な虐殺』です。
あ、私は火置ユウの時空の力が使いたいので『殺人』はNGですよ!それから、意思の疎通ができないほどの廃人にするのも困ります。だからそれ以外のヤツをお願いしたいんですよ」
「ちょっと……待て」
「いくらでも待ちますよ?今日の私は気分がいい上に死刑が取りやめになったんで時間が余っていますから」
「お前は……何がしたい?こんなことをして何になる?火置さんの力が欲しいなら、もっと他の方法があるんじゃないのか……??」
「そうですか?彼女の性格を考えると、これが一番確実だと思うのですが。まず彼女は、あんまり死ぬことを怖がっていません。痛みに耐える力も強そうです。
つまり、彼女自身に苦痛を与えて言うことを聞かせるのは難しい。言うことを聞いて貰う前に、死ぬか壊れるかしてしまいそうです。……どうですか?あなたもそう思いません?」
「………………」
「彼女を最も省エネで動かせるクレバーな方法。それは、仲良くなった人を使うことです。
彼女は多分、他人にはある程度『割り切り』ができます。生物学や哲学が好きなようですから、自然に反することや、個人の意思とは無関係な部分には干渉したがりません。だからこそ自称『クール』に生きてこれたのでしょう。
でも、一度でも仲良くなってしまったら話は別です。彼女にとっては、自分が死ぬことよりその人が苦しむことの方がつらくなってしまいます。だから、あなたを助けたがっていた」
「…………僕は……」
「ですから、私はとてもラッキーなんです。時空の魔女と、時空の魔女のかけがえのない友人をニコイチで手に入れられるなんて!日頃の行いがいいってことですね」
「待てよ……話がおかしくないか?それなら別に、僕が彼女を苦しめる必要はないはずだ。どうして火置さんに禁忌の項目を実践しろとか言うんだよ。おかしいだろ……」
「いいえ、おかしくありません。第一に、二人を普通に仲良く生かしておいたら私の命が危うくなります。あなた達、絶対に結託して私を倒そうとするでしょ。そんなの丸わかりです。だから、あなたと彼女は対等な立場に置いてはいけないんです。
そして第二に、あなたは本当は彼女を『苦しめたい』はずです。深層心理では自分と同じ場所に引きずり落としたいと思っている。その望みを叶えてあげようって言ってるんです。それもこれも、あなたを私に信仰させるためですよ。私は全人類を信仰させたいので、あなたにも当然信仰してもらいたい。
そして、そこと関連する第三の理由ですが、あなたは彼女側ではなく『カミサマ側』として動くべきです。その方がお互いに確実にウィンウィンだからです」
「……………………」
「思うところがあります?だってあなた、好きな相手の幸せを純粋に願えるような、まともな人間じゃないんですもんね。3歳以降人間性が一つも育たなかった、ぶっ壊れ人間なんです。
前回、私は心理学の講義で言いました。人間の精神には、愛と承認と安心が必要だって。あなたにはそれらが全部ない。神様信仰で自分をどうにか支えてきただけなんです。
自分の神様を外した本来のあなたは、グズグズのドロドロです。ぐるぐるして、ネチョネチョした、粘着質で嫉妬にまみれた、山程のゴキブリの死骸をミキサーにかけてタールと汚物で混ぜ合わせたみたいな、最高に醜いのが、あなた本来の精神です。
相手がどうなろうが相手からどう思われようが、気に入ったものは自分のものにしたいし知り尽くしたい。そういった異常性と狂気が、あなたの本質です」
「……はは……嘘だろ……なんだよ、この話は…………」
「嘘じゃないですって。大体あなた、彼女と一緒に私を倒してからどうするつもりでした?彼女には魔法使いのお仕事がある。いつかはあなたの元からいなくなってしまいますよ?」
「そんなのは……知ってるさ。元々彼女と僕は一緒にいるべき人間じゃないんだから。……彼女は世界から求められている上、多忙だからね……」
「その通り。しかも、あなたが私側につくべき最大の理由が残っています。あなたは『悲劇的な人生』。これは元凶である私を倒したところで治らないんです。残念ですが」
「……それは本当に残念だ。唯一の望みが絶たれたな」
「だからこそ、悲劇の影響がない場所を用意する必要があるんです。私を倒したら、あなたと彼女をつなぎとめるものがなくなるでしょう?
私と一緒に彼女の時空の力を利用できれば、この刑務所みたいな場所がそこかしこに作れます。彼女と二人っきりの隔離空間。しかもこの中では彼女は十分に魔法を使えない。ずーっと一緒にいられる。ラブラブしてもいいし、いじめてもいい。いじめてから優しくしてもいい。殺さなければ何してもいいんです」
「お前は…………本物の悪魔だな…………」
「そうですか?ホンモノのカミサマと言って欲しい。あなたの欲しいものを、あなたにぴったりの環境を用意したうえで、プレゼントすると言っているんですよ?しかもその条件は『私を信仰すること』。実に神っぽい。『願いを叶えるから信じろ』。超普通の神ですね?」
「僕が……条件を拒否したら彼女はどうなる?」
「その場合、大変な目に遭うのはどちらかと言うとあなたです。さっき言ったでしょう?彼女は大切な友人のためなら命を張れると。あなたに拷問してるところを見せつけて、言うことを聞いてもらいます。……これじゃあ、どちらにとってもいいことがないですね?どう考えてもあなたが彼女をどうこうしたほうが幸せだと思うんですが」
「信用ならないだろ、今まで散々僕たちを騙しておいて……」
「いいえ、先に裏切ろうとしたのは私ではなく火置ユウですよ?そして、死刑の延期を飲んだのはあなたです。私の発言を全て思い返してみてください。私は何も騙してないと思いますけど。
私の発言は首尾一貫しています。全人類を信仰させたい、そのためにできることは全部する。そしてそのためには、あなたと火置ユウが必要。ただそれだけです」
「…………………………………………。
……お前の言う事を聞けば、彼女は永久に僕のものになる。僕と彼女の安全は、僕がお前の言う事を聞いている限り保証され続ける。お前自身は彼女に一切手出しをしない。そういうことでいいの?」
「その通りです。でも『お前自身は彼女に一切手出しをしない』これは余計でしたね。あなたのキモさが増しただけです。
いやー、私の長い話をまとめていただきありがとうございます。あなたの『簡潔にまとめる力』は本当に素晴らしい。やっぱり私の教典を書いていただけませんか?」
「さっきの条件以外のことは一切しない」
「仕方ないですね……まあ、いいでしょう。火置ユウの力を借りられれば御の字ですから。教典ライターは、適当に外注すればいいだけですからね。
よし、これで交渉成立だ!今日は本当に素晴らしい日です!祝杯でも上げたい気分ですね!」
「まず火置さんの無事を確認したい」
「はぁ……オー・マイ・ゴッドなのりの悪さですね……。そんなに火置ちゃんが好きですか?でもまぁ、そうですよね。あなたみたいなヤバい人間と会話で盛り上がれるのは、彼女くらいのもんかもしれません。運命の相手に出会えてよかったですね?いいですよ、こちらへどうぞ」
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