夏休みの夕闇~夏休み編~ 第二十八話 砂浜で見た悪夢

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砂浜で見た悪夢

くぐもった声が、暗い空間内に反響している。僕の背中には冷や汗が落ちる。……火置さんの、声……?

その声は、苦しそうだった。苦しそうだったけど、どことなく僕と抱き合う時の声にも似ていた。

まさか、と思いつつ、あたりをゆっくりと見回しながら歩いていく。

そして僕は見た。記憶を消し去りたくなるおぞましい映像を。

眼の前には、腹を刺された火置さんが横たわっていた。

腹を刺されているものの、彼女は生きていた。虚ろな目をして、苦しそうに息をしながら、それでもまだ生きていた。ドクドクと腹から真っ赤な血を流しながら……それでもまだ生きていた。

そして横たわった彼女の足元には、子供がいた。……あいつだ、『リュウタ』だ。

リュウタは、火置さんのお腹に深々と刺さったナイフの柄を手に取って、それをゆっくり抜いた。彼女はまた呻く。あ、あ、あ……。腹からナイフを抜き去ってから、リュウタはもう一度火置さんのお腹にナイフを刺していった。さっきまで刺さっていたのと全く同じ場所に。う、あ、ああ……。火置さんがまた、苦しみにあえぐ。

このワンセットを、彼は何度も繰り返していた。何度やっても飽きないようだった。

何度も刺されたその場所には、ナイフがちょうど入るだけの穴がポッカリと空いてしまっている。穴の縁にぐじゅぐじゅとめくれ上がった肉は、何度も突き刺されたことでほぐされ、柔らかく膨らんでいるように見えた。

その穴に、丁寧にナイフを嵌めたリュウタは満足そうな様子を見せる。でもすぐに、昆虫みたいな無表情に戻り、また同じ行為を繰り返す。ナイフを抜いて、もう一度、刺す。火置さんは、震える息を吐く。

僕の胃から、ムカムカしたものが込み上げる。なんだ?これは??脳が理解を拒んで、硬化していく。気持ち悪い気持ち悪いキモチワルイ。

止めなくちゃいけないのに、猛烈な嫌悪感が胃の中に大岩のように溜まっていって、なかなか脚が進まない。早く、あれをやめさせろ。彼女からあいつを引き離せ。はやく、はやくはやくはやく…………。

「大丈夫!?!?」

火置さんの鋭い声でハッと目が覚めた。額から、背中から、脇から……大量の冷や汗が流れている。なんだったんだ?あれは……。

ズキズキと痛む頭を抑えながら体を起こし、波打ち際にいる火置さんの声の方を見た。彼女はリュウタといっしょに、砂浜にしゃがみ込んでいた。

僕はよろよろと立ち上がって、彼女たちの方向へと向かう。

どうやらリュウタが砂浜で転び、膝を怪我したようだった。膝には尖った貝殻が刺さり、血が出ている。よく見ると、リュウタは震えていた。そこまで大きな傷には見えないが、貝殻が刺さったことがショックだったのだろうか。

「……リュウタ、大丈夫?」火置さんがリュウタの顔を覗き込む。彼の表情はこわばり、青ざめていた。

「ヤミ、先に家に戻ってるね。貝殻のかけらが深くに入っちゃってないか、一応見てみる。レジャーシートの片付けお願いできる?」

「わかった。片付けは任せて」

僕はぼーっとレジャーシートの後片付けをした。漠然とした不安を抱えながら。何かが僕からぽっかりと抜け落ちている気がする。でも、何だったっけ…………?

そしてこの日から僕は、毎日悪夢にうなされるようになった。砂浜で見た強烈な悪夢と全く同じ夢が、毎日毎日繰り返し僕を襲った。

とても嫌な気持ちになったし、睡眠不足で元気はなくなるし、火置さんは心配するし、僕は散々だった。彼に落ち度はないけれど、あの子の印象は更に悪くなった。

いつまであの子はここにいることになるんだろうと……、僕はあの子の出ていく未来を猛烈に、熱烈に、切望するようになる。

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