夏休みの夕闇~夏休み編~ 第二十九話 悪夢にうなされる長い夜

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悪夢にうなされる長い夜

隣でうなされるヤミのことを、私はじっと見ていた。

先週くらいから、彼は毎夜うなされるようになった。苦しそうに息を吐いて、苦悶の表情を浮かべて、瞼をピクピク動かしながら眠っていた。

たまに飛び起きるときもあれば、そのまますうっと深い眠りに落ちてしまうこともあった。

熟睡できていないのか、近頃は日中の顔色も悪いように見える。

彼はどんな夢を見ているんだろう。

心配で一度聞いてみたんだけど、『君にはとても言えないほどひどい夢なんだ』としか教えてもらえなかった。夢を連想させることすら嫌みたいで、今にもえづきそうな顔をしていて本当に心配になった。

怖い夢を見ているなら……起こしてあげたほうがいいのかな……。

私は汗をかくヤミの額をそっとなでる。

すると、ヤミはパチっと目を開いた。――それとほとんど同じタイミングで、一階から夜闇をつんざくような泣き声が聞こえてきた。

あああああお姉ちゃーーん!!!!!!!お姉ちゃああん、こわいよおおおお!!!!あああああああううう、うえ、うえっえ、あああーー!!!!!

私は戸惑う。リュウタが尋常じゃない泣き方をしている。でも、ヤミの様子も心配。一旦リュウタの様子を見に行く?でも、ヤミも一人にされたら不安だろう……。

『お姉ちゃん』だって。リュウタは姉を求めてるんだ。私は、私は…………。

ハッと我に返る。ヤミが私の腕を掴んだからだ。

「火置さん……ここにいて……」

その声と手は震えている。手のひらの汗もすごかった。まだ一階の泣き声は聞こえている。私の中の一番原始的な部分が『子どもを放っておくな』と叫ぶ。心が乱される。

「あの子は……君の弟じゃないだろ……人間ですらない……。僕、嫌な夢をみたんだよ……側にいて……不安なんだ……」

落ち着け……落ち着け私。『子どもの姿をしたロボット』と『ヤミ』なら、ヤミを選ぶのは当然だ。

でも…………例えば下にいるのが生きた人間だったら、ヤミはどうしていた?もし私達の赤ちゃん・・・・・・・が泣いていたら?

あらぬことに頭を巡らせる。いや、それは今は関係のない話だ。そもそも魔法使いの私は子どもを作れない。だからそんな未来は……永遠に来ない。

どうして私はこうなんだろう。ヤミの事を、ただ信じればいいだけなのに。不安になったらその時はその時で、また彼に相談すればいいだけなのに。

「リュウタが……泣いてる……」

「冷静になってよ……あれは子どもじゃない……」

「…………本物の子どもだったら……ヤミはどうしてた……?」

「引き止めることはしない。君の決断に任せる」

「…………」

……そう、私の弟はもういない……そもそもリュウタはリュウじゃない……。それに、リュウタはただの幻だ……。わかってる、わかってる…………。私が何よりも大切にしたいのは、ヤミだ……。

今や、ヤミの震えは収まっていた。代わりに私の手が震えてくる。私は彼をきつく抱きしめる。湧き上がる不安を押さえ込むように。助けて、ヤミ。私の迷いを消して……。助けて。

ごめん……ごめんなさい…………許して…………。

この『ごめん』は、一体誰に言っているんだろう?自分で自分がわからない。助けを求めていたヤミを抱きしめることで、私が助けてもらおうとしている。

長い長い夜。私はヤミの体温に集中することで、すべてを忘れ去りたかった。一階では永遠とも思える長い時間、リュウタが泣き叫び続けていた。

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