夏休みの夕闇~刑務所編~ 第十話 神様との出会い

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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
第六章 真実
最終章 二人の夏休みへ

ヤミの神様~神様との出会い~

旧約聖書を初めて読んだのが10歳の時。こんな世界があるんだと驚いた。

神様はどんな人間にも救いを与えてくれる。光り輝く神はいる。天使が舞う天上の世界から、いつだって僕達を見つめている……。

その日から僕は、寝ても覚めても『神』について考えるようになった。

神様ってどういう姿形をしているんだろう……。どこにいるんだろう……。どうやったら会えるんだろう…………。

色々なことを想像した。あらゆる宗教の教典、神話、小説、神学や宗教学の学術書……。神様が出てくる本を、片っ端から読んでいった。そういう日が続いた。

「……聖書に感動したのにキリスト教信者にはならなかったのね?」

僕の話が一段落したところで、火置さんが質問する。

「僕は『神』という概念が知りたかったんだ。神様はあらゆる時代、あらゆる場所に存在している。そういった神々には何が共通しているのか、人はどうして神という存在を生み出し、崇めるのか。
一つの宗教だけでは収まりきらないほどの世界が『神様』という、たった一つの言葉の中に広がっていたんだ。神様について考えているだけで、僕は満たされた気分になれた」

「それであなたは自分の宗教を作ったんだよね?」

「そう。僕は、自分なりの『神』を考え、自分が思う教義を作り上げ、『教典』にまとめた。あらゆる神の物語を読んで、自分なりの解釈を加えて、生活の中で実践できるような教義を」

「……なるほど」

「柔軟に考えてもらっていい。よくある宗教みたいな……神のために祈りなさいとか、何を食べてはいけないとか、そういうことはない。決まった儀式とかもない。
ただ『善く生きること』が僕の教義の柱だ。この世を善くするために必要なことだけを純粋に考えたんだ。そのわかりやすい一つが……『光と闇を分けるチェックリスト』だね」

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「『光と闇を分けるチェックリスト』は、99の項目でできている。半分以上にチェックが付いたら『光』、それ以下は『闇』だ。全部紹介すると長くなってしまうから、一部だけ紹介するね」

  • 困っている人を率先して助けられるか
  • 自己を高めようとする向上心があるか
  • 他人の幸せを願えるか
  • 自分に危害を加えてきた相手を許せるか
  • 自分が死ぬかもしれない状況でも、生きる望みを捨てずにいられるか
  • 自分の思想や主義、譲れないものを最後まで貫けるか
  • 自分の意見を正しく相手に伝えられるか、伝えようという努力をしているか
  • 恐怖や保身を理由にして、犯罪や不正、いじめなどに加担しないか
  • 自分より力や権力の強いものに屈しないか
  • 今まで自分が不幸にした人間よりも幸せにした人間の方が多いか

「僕が自分の教義で一番重視したのは『わかりやすさ』。それで思いついたのが『チェックリスト』だったんだ」

「『チェックリスト』って……買い物メモみたいな気軽さね。これなら私でも今すぐヤミ教に入れそう」

火置さんは楽しそうに感想を述べた。いたずらっぽい瞳がチャーミングに輝く。僕はますます喋る気になる。

「大事なのは、もっと身近に『善と悪』を見て『善』……すなわち『光』の方を目指すことだと思った。
あのリストで光側にいる人を残していけば、きっと世の中はとても平和になって生きやすくなり、安らげる場所になる。もっと素晴らしい場所になる。

神様に愛される人だけが残れば、もっと世界は安全な場所になる」

この言葉を言った直後、さっきまで楽しそうに僕の話を聞いていた彼女がピクッと眉根を寄せて難しい顔をした。……僕、何かまずいこと言ったかな?

「…………あなたってもしかして……」

「……なんだろう」

「宗教的理由で大量殺人を犯したの?『光と闇のチェックリスト』の闇側を1万人くらい集めて、一気に殺したとか」

「……そうだって言ったら?」

「なかなかイッちゃってるわねって思う」

それだけ?どこまで本気で言っているのかわからないけど、君ってちょっと怖いものがなさすぎる気がする。

「でも残念ながら…………僕が犯した殺人はそんな劇的なものじゃない。それができていたら、この世はもう少し生きやすい世の中になっていたかもしれないけど。……僕が殺したのは一人。大学の同級生を一人殺したんだ」

「……一人の殺人でも死刑になるもの?」

「あまり例はないらしいけど……。死刑だと判決が下されてしまったものはもう、しょうがないよ。計画性と残虐性が高く、更生の余地なしと判断したんだって」

火置さんはうーん、と唸ってから、難しい顔で「なるほど」と言った。

「僕がしこしこと書き溜めていた神様についての教義も押収されちゃったから、そういったものから僕の人間性に異常があるとみなされたんだろう。
それこそ次は、君がさっき言っていた通りの『宗教的理由の大量殺人』をするかもしれないって」

「まあ、さっきの話を聞く限り『コイツならやりかねない』と考えるのが妥当ね。『チェックリストの光側だけをこの世に残したい』とか言うんだから」

彼女は肩を竦めて冷静な意見を述べた。確かにあの教義を知ったら『僕ならやりかねない』と考えるのは自然かもしれない。

「……ただ、僕にはそんなことができる度胸も大胆さもないから。だから最初から自分にはできないと諦めていたんだ」

火置さんの顔を見る。彼女は「度胸があればやるんだ……」と呆れたような、引いたような感じで呟いた。総じて見るに、チェックリストの話はあまりお気に召さなかったらしい。

「……面白い考えだけど、私の思想には合わないかな」

「そうなんだ」

「ま、だからどうってわけじゃないけど。人と人は考えが違って当たり前だもんね。むしろ、こんな考えがあったんだって驚いた。宗教にチェックリストを持ってくるなんて、なかなか斬新ね」

すぐに表情が元に戻る。後腐れのない彼女の性格に救われた。この狭い独房の中で彼女に嫌われてしまったら、僕は流石に居心地の悪さを感じただろう。

……ちなみに、どんな部分が『君の思想に合わない』の?

そう聞こうと思って口を開いた矢先に、突然独房の扉が開いた。

この独房の扉が開いたのは、僕が最初にこの部屋に入った時以来のことだった。

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