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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
最終章 二人の夏休みへ
彼の話を聞く その2
彼の過去〜高校生の頃の記憶〜
高校受験をした僕は、都内の進学校に入学した。そこで……出会ったんだ。彼女と。
「……彼女?」
火置さんは覚えているかな?僕が3歳の時に交通事故に遭ったって話を。僕は道路に飛び出して、車にぶつかって、運転手は急ハンドルを切って電柱にめり込んで死んだ。その運転手の娘と同じ高校だったんだ。
僕が入学したとき、彼女は高校3年生だった。
向こうから声をかけてきた。僕は彼女が交通事故の相手の家族だって気づいて……第一声で謝った。僕の飛び出しで、彼女の父親は死んだようなものだったから。でも、『許しているから』って言われた。
彼女は美しい女の子だった。一人でいることが多かった僕の事を気にかけてくれて、同じ時間を過ごすようになった。
そして……僕達は恋人同士になった。
彼女から、愛してるって言われたんだ。
誰かから『愛している』なんて言われたのは……初めてだった。でも本当の事を言うと、僕は彼女のことがそんなに好きではなかったんだ。……ひどい話だけどな。
付き合っている間も、彼女はしきりに僕のことを『許している』と言った。
でもさ……確かに相手の家族は悲惨だったけど、あの事故はお互い様ではあったはずだ。向こうだって、多少のスピード違反をしていたし不注意もあった。僕だけが全部悪かったってことではなかったと思う。
父は死に、母は半身不随。頼れる親戚はおらず、子供二人で生きていかなければならない……。彼女の人生や家庭環境は苦難に満ちたものだったんだろう。
でも僕だってあの後それなりにつらい思いをして生きてきた。彼らに一方的な贖罪の気持ちをずっと抱いて生活していたわけじゃない。
一緒にいる時間、何度も何度も許しているからと言われるのは、なんだか『冷める』気持ちだった。
彼女と恋人同士になった僕は、彼女から誘われてセックスをした。セックスをするときは、いつも彼女から誘われてしていた。
もちろん僕は、毎回ちゃんと避妊をした。……でも、なぜか彼女は妊娠したんだ。
「……どうして……?」
……後でわかったことだけど、避妊具に全部穴があけられていたんだ。彼女自身がそれをやっていたんだって。僕が用意していたものにも、彼女が用意していたものにも、全部。
僕はそれに気づいて、どういうこと?って話した。彼女には、僕がちょっと離れた隙に穴を開けたんだって言われた。
彼女は、僕の子供を妊娠することで、僕に復讐するとともに僕を繋ぎ止めておこうとしたんだと思う。『こうすればずっと私と一緒にいるでしょ?』って言われたから。
でも当然だけど、僕は彼女を妊娠させるつもりは全くなかったし、そういうのはお互いの同意が必要なんじゃないの?って話した。
お互いの家族を交えて、本当の話をして、どうするか決めなきゃいけないって。君がやったことも、ちゃんと家族の前で話して欲しいって。そして僕個人の意見としては、今子供を産まれても育てられないってことも、話した。
……で、その話をした翌日、彼女は自殺してしまったんだよ。僕の目の前で電車に飛び込んで。
そしてその2ヶ月後、半身不随でほぼ寝たきり状態になっていた彼女の母も……心労が原因だかで死んでしまった。
僕の悲劇的な人生の始まりになった交通事故の四人家族は……これで四人中三人が死んだ。全員が『僕のせいだ』と言われても仕方がない理由で。
ヤミは俯いている。悲しみとは少し違った……自嘲的な表情に見えた。全てを諦めた人が見せるある種悟ったような、穏やかとも取れる表情。
「それは……あなたのせいなのかな?……少し違う気もするけど……」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、半分は僕のせいだろ?彼女とセックスしたのは僕なんだから。
そもそも好きでもないのに付き合わなければよかったと言われたらそうだし、好きでもないのにセックスするべきじゃなかったと言われたら、何も言えない」
「…………そこまで深く考えて、男女の付き合いをしている人も、そう多くはないよ」
「……ありがとう。で、まだ続きがあるから聞いてくれないか?」
「……うん」
……彼の悲劇は、まだ続くのか。
神様はどうして、ヤミにここまでの試練を与えるんだろう。すごく不公平だと思う。私は不公平が嫌いだから、聞いているとイライラしてきてしまう。ヤミにじゃなくて、運命の神様に対して。
私は運命なんてものを信じないようにして生きてきた。自分の行く先が何者かに全部決められているなんて、生きる意味がまったくない気がしてその虚無感にぞっとするから。
でも彼の話を聞くと、彼の人生はいたるところで『運命的ななにか』に導かれているようにも思える。意地でも彼を悲劇の道に行かせようとする執念深い運命の女神が、彼の背中にぺったりと取り憑いているような。
ヤミの……話の続きを聞こう。私には、その義務がある。彼の最期を見届ける友人として、彼を知る義務が。
彼の過去〜高校生の頃の記憶 その2〜
僕の悲劇はそこで終わらない。
彼女が自殺し、その母親が死んでしまって、それからさらに1ヶ月後、今度は僕の父が交通事故で死んだ。
自分が運転している車を、中央分離帯にぶつけたんだ。法定速度を30キロもオーバーするスピードを出していたらしい。酒気帯びが検出されなかったから、警察には『運転中の体調不良だったかもしれない』と言われたよ。
……もしかしたら自殺だったのかもしれないけど、事故ということで処理された。高校に進学して半年もたたないうちに、僕はとうとう一人になった。
というかここまでくると、すごくないかい?
正直に言って、父が死んだという連絡を受けた時は思わず笑ってしまいそうになるくらいだった。『また?』って感じだったよ。僕の周りで、あまりにもポロポロと人が死んでいくから。
「……つらくなかった?」
「どうかな。それまでにも色々なことが起こりすぎていて、僕は人を失うことに慣れてしまっていたんだ。それに、はっきりとした理由はないんだけど父もいつか死ぬような気がしていた。僕の母が死んだときに、それを感じていた」
「……それで、あなたは一人になったんだ」
「そう。こうして僕は本当の一人になった。本当の一人になって、少しほっとした」
「……どうして?」
「だって、これで僕の悲劇に巻き込まれそうな人がゼロになったから。周りから誰もいなくなれば、僕の悲劇に巻き込まれることもないだろ。悲劇っていうのは、人間関係があってこそ起こるものなんだ。
ハムレットだって、オフィーリアがいなければ、先代王と音信不通だったら、悲劇は起こさなかった」
悲劇は人間関係が起こすもの……か。
「人間関係を失った僕に怖いものはもうなかった。家族も恋人も何もかもなくなった僕だったけど、僕にとっては何よりも重要で価値のあるものが手元に残ったんだ。
思う存分好きなだけ本を読んで、神様の教義を考えることができる自分の時間が」
「……そう」
「だから火置さん、そんな顔しないで。僕は平気なんだ。僕には神様がいるから、悲しいことも辛いこともただの通過点なんだよ。僕が考える神様の世界は、死んで本番みたいなところがあるからな。天国が一番幸せな場所なんだから」
「前に、そう言っていたね」
「それに僕の悲劇は逃れようのない運命みたいなものだから、変に抗っても意味がない。
人生はどうにもならないって理解したから、僕は神様を信じることにしたんだから。死の先に待っている楽しいことを想像すれば、僕は幸せに生きていける。……それでいいと思わないか?」
「……そうね、その考えは嫌いじゃない。私も、自分が楽しいと思うことを追求すべきだと思う」
「ありがとう。そう言ってくれると、救われる」
彼の言葉が心にひっかかる。
『人生はどうにもならないって理解したから、僕は神様を信じることにしたんだから』
……彼が神様を信じているのは、彼が悲劇的な人生だったから。
彼が3歳の時に事故に遭っていなければ、もっと普通の男の子として生きていた未来もあったのかな。少なくとも……この刑務所には来なかったんじゃないのかな。運命なんてものがあるとしたら、それは血も涙もない化け物と同じだ。
「……火置さん」
ヤミの緊張した声が私を呼び、私は考え事の中から戻って来る。
ヤミを見る。彼は前方を睨んでいる。私も彼と同じ方向を見る。その先は、今まで私達が来た道とは全く別の空間が広がっていた。
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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
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※彼の幼少期の過去はこちら

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