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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
最終章 二人の夏休みへ
最終章 二人の夏休みへ
火置さんと僕
目の前のカミサマについてき、長く白い廊下を歩く。もうすぐ……火置さんに会える。
僕は、火置さんと自分の神を同時に裏切った。とてつもない罪を犯したとは思っている。でも、心は今までになく安らかだった。
理由ははっきりしている。何を犠牲にしても手に入れたいと思っていたものが、これから永遠に自分のものになるからだ。
さっきのカミサマとの会話で、僕は改めて自覚した。
僕は、火置さんをどうしても自分のものにしたい。
『自分の神様』以外でこんなにも何かを強く求めたのは初めてだった。ここで火置さんを手放してしまったら、もう二度と同じような出会いはない。この機会は絶対に逃せない。
僕の『神様』が自己満足的なものであるということは、ずっと前からわかっていた。……でも、それでもよかった。だって、僕を愛してくれるのは神様しかいなかったから。自分の心を満たしてくれるものが、これしかなかったんだ。
神について何よりも深く、多面的に考えていたのは世界中で僕が一番であると断言できたし、そんな僕を神は必ず愛してくれるはずだという返報性みたいなものを勝手に思い描いていた。
でも火置さんが僕の独房に来てからは、神様のことを考える時間が極端に減った。
……女の子が気になって神様がなおざりになるなんて、信徒の風上にも置けないなとは自分でも思ったけど……でも今までの人生でこんなことは初めてだったんだ。
そこから導き出されるのは、それだけ僕の魂が彼女を強く求めていたっていう、しごく単純な答え。
彼女と会う前の僕は、この世に存在しているようでしていなかったと思う。
出会う人を悲劇に巻き込んで、家族も全員死んで、誰からも嫌われて、一人で生きる男。僕が死んだって誰も気づかないし悲しまない。むしろ、死んだほうが世のためになる。でも火置さんは確実に、僕の死を悲しんでくれる。彼女は僕を思って自分の心を痛めてくれる、この世界で唯一の人間だ。
彼女を裏切ったことで、彼女は僕にがっかりするかもしれない。以前みたく、友人として振る舞ってくれなくなるかもしれない。……だけど、それでもいい。
僕は、好きになったもののことはあらゆる角度から全部知っていたい。神様についてそうだったように、火置さんのことも何から何まで知っていたい。『世界に求められる救世主の火置さん』だけじゃなくて、『世界中の誰もが知らない個人的な火置さん』を知りたい。
君のことが気になって気になって仕方がないんだよ。君を考えるだけで、うなじにゾワゾワと鳥肌が立つんだ。脳が震えてきそうなんだよ。知りたくて知りたくて、君のことしか考えられなくなって、頭が痛くなってくるくらいなんだ。
早く、早く会いたいな。君に会いたい。
僕がカミサマの味方に付いたと知ったら、君はどんな顔をするだろう。きっと君は、怒るというよりも傷つくんじゃないだろうか。
これからは一生こうやって『君予想』を楽しみたい。君の事を知って知って、君について予想して、その答え合わせをする。そんな生活が一生続く。…………考えるだけで楽しくて、胸の奥がざわざわする。
僕はやっぱり、君が好き。今度こそ君にそれを伝えたいと思う。
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