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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
最終章 二人の夏休みへ
死刑まで2週間を切った彼がシャワー室で考えた事とした事
僕の死刑が執行されるまで、残り2週間を切った。
僕は死ぬことを恐れていない。だって、ずっとずっと求めていた神様の元にやっと行けるんだから、恐怖より歓喜が圧倒的に勝る。
火置さんが僕の独房に来てからも、それは同じだった。神様に会える日を心待ちにしつつも、残りの日々を穏やかに、彼女との時間を楽しく過ごしていた。
……でも火置さんが別室に移動してしまって一人の時間が増えてからは、妙に落ち着かないというかイライラする事が増えた気がする。
今日は、火置さんとの会話が弾まなかったことに不満を覚えた。
僕が何を言っても、彼女は上の空と言った感じで、反応が鈍かった。残り時間もあと少しなんだし、もうちょっと真面目に会話をしてくれてもいいんじゃない?そんなワガママが口をついて出そうになる。しかも彼女は自由時間の途中で、「それじゃ」と図書室を出ていってしまった。
昨日話した僕の殺人の話がいけなかったんだろうか。でも、僕は今まで散々自分の汚点を彼女に隠さず晒してきた。彼女はその全てをフラットに受け止め、嫌がらずにいてくれた。
だから、今更僕の異常性に愛想を尽かしたというわけではない気がする。でも……あの話をした後から、いつも以上にそっけなくなった気もする。
…………だめだな、自分らしくない。人が何を思っているかに心を悩ませるなんて。僕は誰に嫌われたって問題ないと思って生きてきたはずだ。……感情が乱れるのが気持ち悪い。
こういったほんのささいなことに苛立つ理由を……実のところ僕はわかっている。
そう、人は死を感じると、子孫を残したいという本能が働いて生殖をしたくなるらしい。僕は、果たせない欲求にイライラしているんだ。
一人の時間に一度でもこの事を考えてしまうと、果てしなくそのことが頭を巡る。
僕は個人的にそういった欲が少ない方かと思っていたけど、最近はどうやら違うようだということがわかってきた。自分はやっぱり人間であって、それ以前に動物であるということを、身に染みて実感している。
死を目前にしてこんなことに気付かされるなんて、うんざりしてしまうことこの上ない。別に知りたくもない事実だった。
僕は、僕を増やすことなんて断固として反対なのに、どうして性欲はなくならないんだろう。僕は殺人犯だ。世界平和の観点から見ても、僕を増やすことには到底賛成できるものではない。
ぬるぬるとネバついた赤い血にまみれた小さな僕が、一人また一人と増えていくところを想像する。世の中にどんどん闇が増殖する。僕はおぞましさに気持ち悪くなって吐きそうになる。それなのに、体の疼きは止まらない。
僕は、目を閉じて彼女の姿を思い描く。夢の中に出てきた彼女の裸体を呼び起こし、この前の冒険で彼女に抱きしめてもらった時の柔らかさを思い出す。
シャワーの音がホワイトノイズになって、驚くほど集中できる。普段の彼女の姿も描写して、想像と重ね合わせていく。自分の体の中に、熱が生まれる。
そして彼女に申し訳なく思う。君の許可なく君を使ってしまってごめんなさい。身勝手で原始的な欲求を解消するために、君を使ってしまって。
僕がこんな事を考えていると知ったら、君はショックを受けるだろうか。『友達だと思ってたのに』って、悲しそうに言うだろうか。……それとも、許してくれるだろうか。
なんの根拠もないただの直感だけど……君は許してくれるんじゃないかな。そんな気がする。
『そういうものだよ、仕方ないよ。生き物なんだから、当然だと思う。誰を傷つけてるわけでもないんだから、いいんだよ。……ここには私しかいないもんね。私の事考えても、いいよ』
優しいな、火置さんは。想像の中でも優しい。それなのに僕は…………。
……でもよくよく考えてみると、わざわざ僕の独房に来てわざわざ僕に優しくした、君のせいでもあるんじゃないか?それなら、しょうがないよな。『だから我慢して、僕に使われて』。
最近はシャワー中と消灯後にするこの行為のためだけに、ただただ日中の時間を消化させているような気もする。あー男って本当にどうしようもないなって、自分でもそう思う。
そういう意味では、この欲求が芽生えてよかったのかもしれない。終わった後にびっくりするくらい冷静になって「早く死にたい」と思わせてくれるから。
彼女ともっと一緒にいたいとか、また冒険したいとか……変なことを考えなくて済む。
早く殺してくれよ。早く殺して。誰でもいいからさ、今すぐでもいいから。
あ、あ……
僕の中に、性懲りもなく溜まっていく尽きない膿は、今日も排水口に向かってドロドロと流れて行く。
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