夏休みの夕闇~刑務所編~ 第二話 灰谷ヤミ

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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
第六章 真実
最終章 二人の夏休みへ

灰谷ヤミ

『あなたのことを教えてよ』

彼女――魔法使いの火置ひおきユウ――にそう言われた僕は、自己紹介を始めることにする。

なんたって彼女はこれから『数日』ここにいることになるらしいから。お互いの自己紹介くらいは必要だろう。

まずは何から話そうかな……。

迷っていた僕の顔をじっと見ていた彼女が、目をキラキラさせて話しかけてきた。

「あなた、きれいな色の髪ね。それに、瞳も不思議。こうやって下から覗くと、金色に見える」

「……人のことを言えないんじゃないかな?君も十分、不思議な瞳をしている」

「そうかな?あなたの髪の色は……なんていうか、名前のとおりね。闇の色」

「………………そうだね」

僕は少し俯いて同意する。

『闇の色』……確かに、そうかもしれない。そんな色が、僕にはお似合いだと思う。

「………あれ、『闇の色』って嫌だった?」俯いた僕を見て彼女が言う。

「それじゃあ言い方を変えるね。8月の、午後7時前の、西の空の色。地面に近い場所から天頂に向かって、燃えるようなオレンジ深紫漆黒のグラデーション。とてもキレイ」

「……ありがとう」

率直に褒められると、少し照れてしまう。僕は、誰かに面と向かって褒められた経験があまりない。

「あとさ、あなた……何かスポーツでもしてた?」

「趣味はランニング。投獄される前は雨が降らない限り欠かさず走ってたよ。あとは……たまにプールにも通っていた。刑務所でも、ジムで運動することを日課にしてたんだ」

「やっぱり!細い割に、締まっている感じがあると思ったの。……細い割に」

僕を上から下まで見て、火置さんは言う。

「……『細い』のは少し気にしてたんだけど。コンプレックスなんだよ」

「細いのがコンプレックス?私を含めた世の女子を敵に回す言葉ね……」

火置さんは目を細めて腕を組む。もし本当に世の大半の女子を敵に回したらさぞ厄介なことだろう。それはちょっと遠慮したい。

「ていうかあなたって、恵まれた容姿の割にコンプレックスが多いのね。髪色も嫌そうだったし、細いのも嫌なのね」

「……君は別に太ってないじゃないか。それに……自分が恵まれた容姿だなんて、考えたこともなかった」

「細身で背が高くて、無駄な贅肉がなくて、顔が小さくて髪と目がキレイ。十分すぎるくらい恵まれてるわ」

肩を竦めて彼女は言う。

「容姿に恵まれていることって、なんの意味があるの?大事なのは中身じゃない?」

「わ!ド正論。でも……容姿に恵まれているあなたが人前でそれを言わないほうがいい、多分」

「……そういうもの?」

「そういうものよ。……あなたって……」

片眉を上げて彼女が僕を見る。

「何かな?」

「ちょっと……変わってるね」

「……たまに言われるかも」

人付き合いが少ない割には、そう言われることが多い気がする。そうか、僕は変わっているのか。

「その上、素直だね」

「素直かもしれない。あまり隠し事が得意じゃないんだ」

「……ちょっと変わってて、素直で、ランニングと水泳が趣味の灰谷ヤミくん。それ以外の情報をどうぞ」

そうだった。自己紹介だった。彼女と話すとついつい会話が弾んでしまう。よし、自己紹介を始めよう。

「僕は……22歳の元大学生で、殺人犯。元っていうのは、逮捕の後に退学になったからだ。名前は、灰谷ヤミ」

「殺人罪で捕まってるんだ」

「……そう。…………僕のことが怖い?」

「うーん、こういったらあれだけど…全然怖くない」

本当に怖くなさそうに、あっけらかんと彼女は答える。

「……僕が強姦罪とかで逮捕されてたらどうするつもりだったの」

「……でもここで強姦はできないでしょ」

「…………できるでしょ。後先考えない犯罪者なんていっぱいいるよ」

「……あなたはすごく後先考えそうな感じがする」

「………………。……まぁ、いいや。自分の話を続けるよ」

「うん、待ってた」

「僕はね『悲劇的な人生』なんだ」

少しの沈黙の後、彼女は口を開いた。その顔はあからさまに『反応に困る』という表情をしている。

「『悲劇的な人生』?……えっと…………それは……厨二病的な感じ?」

「僕は生まれてから今に至るまで、たった一度も心からの幸せを感じたことがないんだ」

「……神社で大吉を引いたことがないの?」

「…………大吉を引いて幸せになれる?」

「たしかに……なれないね。ごめんね」

「そういう表面的な意味でじゃなくて……もっと本質的な意味でだよ」

「何に幸せを感じるかって人それぞれじゃない?そういった話でもなくて?」

「…………でも世の多くの人にとっては……誰かと認め合うこととか、心安らげる空間で安心に包まれることとか、両親からの無償の愛情を受けることとかが『幸せ』じゃないか?違うかな?」

「……正論中の正論。そしてものすごく本質的な、全人類に共通する『幸せ』ね」

大きく頷いて、彼女は同意する。

「それを経験したことが、僕には一つもないんだよ」

「…………幸せを感じない性格なの?それとも本当に幸せに巡り会えなかったの?」

「幸せに巡り会えなかった方、かな。僕は何ていうのかな……そう、全部が裏目に出るんだ。誰かの為を思ってしたことも、巡り巡って周囲の不幸になる。火置さんって、シェークスピアは読んだことある?」

「『リア王』と『オセロー』は読んだ記憶があるけど……」天井を見ながら、彼女は答えた。

「どっちかというと僕の人生に近いのは『ハムレット』かな。何をしても裏目に出てしまう。ひとつのきっかけが、連鎖的な悲劇につながってしまう」

「……今度読んでみるわ」

「僕の行動は、全部が『悲劇』に繋がるんだ。そうやって両親も死んでいったし、友人もいなくなったし、愛する人に出会えない人生を歩んできた」

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※二人が「ハムレット」の感想を話し合うサイドストーリーはこちら

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