夏休みの夕闇~刑務所編~ 第三話 悲劇的な人生

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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
第六章 真実
最終章 二人の夏休みへ

悲劇的な人生

『悲劇的な人生』。今までに何度口に出した言葉だろう。

自分のことを誰かに話す時には、必ずこのキーワードが必要になる。『僕』と『悲劇』は、切っても切り離せない――どこまで逃げたってどこまでもぴったりと付いてくる、実体と影みたいな間柄だ。

しかも明るい場所に逃げれば逃げるほど……その『影』は真っ黒く、濃くなって存在感を強め、実体に吸い付こうと迫ってくる。

「…………あなたが歩んできた『悲劇的な人生』の、具体的な例を教えて?」

火置ひおきさんが僕に尋ねる。

「悲劇的な人生が幕を開けたのは……僕が3歳の時だった。
僕は公園でボール遊びをしていた。ボールが道路に転がっていってしまって、僕は――それを追って道路に飛び出した」

「すごく危ない」

「そう、よくある痛ましい事故に……なればよかったのかもしれない、いっそのこと。でも、僕の場合は違ったんだ」

「……あなたは生きてるね」

「そう。僕が道路に飛び出したちょうどその時、四人家族が乗った乗用車が通りかかったんだ。運転手は飛び出した子供に驚き、慌ててハンドルを切った。そのおかげで……僕はなんとか一命を取り留めた」

とても喜ばしい話に思える、と静かに彼女は言う。この話のどこが悲劇だというのか、これから何が起こるのか、話の評価がうまくできずに戸惑っているのかもしれない。

「でも、それは悲劇の始まりだった。ハンドルを切った運転手は、電柱にぶつかって即死。運転手は、一家の大黒柱だった。助手席に座っていた母親は身体を強く打って半身不随になり、車椅子生活を余儀なくされたんだ。後部座席にいた二人の子供は、それぞれ怪我だけで済んだ」

子供だけが無事だったのは、果たして不幸中の幸いだったと言えるのだろうか。だって、父親を失い母親も仕事に出れない。……当然彼らには悲惨な生活が待っている。

「……ただ不幸だとしかいいようのない事故ね……」

言葉を選びながら、火置さんはポツリと口を開き、眉根を寄せて視線を落とす。こんな話、これ以上聞きたくないかな。

でも、僕について紹介するなら、このエピソードは避けては通れない。だって、この時の悲劇は、その後の僕の人生にずっと付きまとっているんだから。

……もう少し我慢して、聞いていてもらおう。彼女の感想を聞くのは、その後にしよう。

「この事故の日から、僕の母は体調を崩しがちになったし、精神的にひどく不安定になった。よく泣いていたり、いきなり震えだしたり、たまに叫んだりしてた。『事故相手の泣き叫んでいる声が耳にこびりついている』って、母はよく言っていたよ。なんでも、示談が相当壮絶だったらしいんだ」

「ヤミのお父さんは……?」

「うちの父は、忙しくてなかなか家に帰れなかった。母の心配はしていたけど、父も参っていたよ。こんな人じゃなかったのにってぼやいているのを聞いてしまったことがある」

火置さんは何も言わずに僕を見ている。話を続けよう。

「事故のことは周囲の噂になって、ご近所からも心無い言葉を言われたみたいだった。たまに家のポストに、悪口の手紙が入っていた。……うちはちょっと裕福だったから、妬みもあったのかな……?よくわからない」

「ヤミは……大丈夫だったの?」

「怪我は、そこまで大したことなかったんだ。でも、家に帰ってからがつらかった。母のヒステリーの矛先は僕に向いていたし、両親はいつも暗い顔で事故のことを話し合っていた」

「……つらいね。あなただって、酷い目に遭ったのにね」

……確かに僕は酷い目にあった。あの事故のせいで、車にぶつかる夢をよく見るようになった。

冷や汗と震えが止まらなくなるほど怖くて助けてほしくて母を起こそうとしたんだけど、母もうなされて叫んでいて助けてって言えなかった。そのうちその夢に慣れてしまって、やがて夢すらあまり見なくなった。

「……それだけじゃないんだ。あれ以降、僕の周りではどんどん悲劇的な出来事が増えていった。これはちょっとトラウマなんだけど……飼い犬が僕のせいで死んだんだ」

聞き取れないくらい小さな声で、火置さんは「どうして?」と尋ねた。苦しそうで申し訳なくなるな。

「僕が摘んだ『ユリの花』を食べちゃったんだ。元気のない母のために摘んで置いておいたやつを。ユリ科の植物って、犬猫にとっては禁忌なんだって。……子どもの僕はそんなこと知らなかったけど」

その犬は、母が結婚前から一緒に暮らしていた愛犬で、僕にとっても小さい頃からの友達だった。母はその日から、犬の介護をしなくてはいけなくなり、その犬は……1年も経たずに死んでしまった。

彼女の顔を見る。すごくつらそうだ。そろそろ僕の話は、しまいにしよう。悲劇のエピソードはもっとすごいヤツがまだゴロゴロとあるから、これ以上話してもきりがなくなるし。

それに何より……僕にとってはもう『済んだ話』だから、実のところそこまでは気にしていないんだ。僕の人生のモットーは『過去を悔やんでも仕方がない』。だから、彼女がそんなにつらそうなのが、むしろいたたまれない。

「さっきみたいな『悲劇的な出来事』が、僕の人生ではずっと続いてきた。そんなこんなで僕は大学生になって、殺人事件を起こして、捕まって、投獄されたというわけ。こんなに自分の話をしたのは初めてかもしれない。楽しかったよ」

「…………いいえ、話すことでストレス発散になったのならよかったわ」

「久しぶりにこんなに喋ったから、喉がカラカラになったな。……次は君の話をしてくれないか?魔法使いに会ったことなんてないから、色々と話を聞きたいよ」

「……わかった。それじゃあ次は、私が話す」

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