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「刑務所編」の目次を開く
第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
最終章 二人の夏休みへ
彼の話を聞く
~灰谷ヤミの死刑まで残り18日~
「……ねえ」
「ん?」
昼ご飯を食べ終えて窓の外をのんびり眺めていた僕に、火置さんが話しかけてきた。
最近は僕から話しかけることの方が多かったから、珍しいなと思う。
「……今度は、あなたの話をして」
「え?」
「……最近、私の過去について話しすぎてる。……平等じゃないわ。あなたの話をしてよ」
「全然構わないよ。でも……僕の過去の話は、その……あまり『楽しい』ものではないよ?どちらかと言うと、嫌な気分になることの方が多いかも」
「…………いいよ、それでも。聞かせて」
「……わかった」
彼女に請われて僕は、自分の過去について話し始める。
僕の過去~小学生の頃の記憶~
3歳の時に起こした交通事故……あれ以降の僕の人生は酷いものだった。
小学校に入ってからも僕は、色々な悲劇に襲われたんだ。周りの人はみんな僕を怖がった。僕に近づくと嫌なことが起こるってわかっていたんだ。
小さい悲劇は話しきれないほどだから、記憶に残っているのを一つ教えよう。
あれは……小学校四年生の夏休みだった。
僕は友達がほとんどいなかったんだけど、この時初めてできたんだ。『仲の良い』って言える友達が。
通っていた図書館で、毎日会う男の子がいた。珍しく僕から声をかけた。何を読んでいるのか、どんな本が好きなのかが気になって。
それで、僕達は仲良くなった。夏休みの間はほとんど毎日、図書館に通ってその子と一緒に本を読んだ。ただ一緒に本を読んでいただけでも、十分すぎるほど楽しかった。
帰りには好きな本の話をして、コンビニでアイスを買って公園で食べたりしてた。そんな些細なことが、僕にとってはとても貴重な時間だったんだ。
でも新学期が始まって、全校集会で、校長先生からその子が川遊びの事故で亡くなったって知らされた。3日前、図書館で一緒に本を読んだばかりだったのに。僕は信じられなかった。
その子は隣のクラスの子だったんだ。教室を覗いたら、彼の机にはたくさんの花が置いてあった。ああ本当に死んでしまったんだって、花を見た時に実感した。
……本当は僕も花を手向けたかったけど、辞めたんだ。
だってその子が死んだのって、僕の『悲劇的な人生』のせいだろ?僕と仲良くしたからその子は死んでしまった。もちろん真実はわからない。でもそうに違いないんだ。僕の今までの人生を振り返ると、それは火を見るよりも明らかなことだった。
僕が花を手向けたら、その花がまた何かの悲劇を引き起こす。僕の置いた花からモワモワと毒の瘴気が広がって、それを吸い込んだ周りの人全員を不幸にする……。僕は、余計なことをするべきではない。
ほら、僕の家の犬も僕の摘んだユリの毒のせいで死んでいるだろ。泡を吹いて白目を剥いた犬の姿が目に浮かんでしまって、花を贈ることがトラウマになっていたってのもある。
それまでは、学校でときたま誰かと会話することはあった。でもこの出来事があってから、僕は改めて決めたんだ。これからは一人でいようって。
幸いにも僕は、一人でいることに耐性があった。本が好きだったから、本を読んでいられればそれで幸せだったんだ。僕は学校の図書室の本を六年間で全部読んだよ。しかも借りずに、学校の中だけで。……そのくらい、誰とも交流しなかった。
それに、旧約聖書を読み始めたのがちょうどその頃だったから、本を読む時間以外はずっと神様のことを考えていた。
「ふぅ……少し疲れたな、休憩していい?」
「…………もちろん」
僕の過去~中学生に上る前の記憶~
「続きを話すね」
「……疲れてたら、今度でもいいよ。つらかったら話す必要もないし」
「いや、話させて。ここまで話してしまったら終われない。せっかくだから僕のことを全部知ってほしいんだ」
「…………わかった」
僕は、僕の過去の続きを話し始める。
小学生の頃からそうだったんだけど、僕の母は日に日に体調が悪くなっていった。
彼女は元々体の強い人ではなかった。僕の交通事故以来精神的に不安定になったせいもあって、病院に通うことがとても多くなっていた。
そんな母が、僕が中学に上がる直前くらいに、くも膜下出血で他界した。
突然のことだったから父は驚いていたけど、僕は根拠もなく『母はそう遠くないうちに死ぬんだろうな』と思っていた。
それに僕は母の死をそんなに悲しめなかったんだ。
母を見ていると……彼女の体調不良とか元気のなさとか、不安定さとか……そういった全部が僕のせいなんだろうなあって思えてきて、いい気分じゃなかったから。
母から直接『僕のせいでつらい』って言われたわけではなかったけどな。
母は僕の周りで起きる度重なる『悲劇』の当事者の一人だった。苦労したとは思うし、傷つくことも多かったはずだ。僕の周囲では色々な悲しい事故や出来事があって、母が出ていかなくてはいけない場面も多かったから。
どんなにできた親だったとしても……僕を育てるのは大変だっただろう。
確かに大変だったとは思うし、育ててくれたことに感謝もしてる。……でも、自分のせいで他人が苦労する様子を……わざわざ好き好んで見たいとは思わないだろ?
だから母が死んだ時に一番に感じたのは『もうこれで母が僕のことで頭を悩ませてる姿を見なくてすむ』ってことだったんだ。
こうして僕は中学生になって、そして高校に進学した。勉強は苦手ではなかったから、それなりの進学校へ行くことができた。
でも……高校に入ってからも僕は、またもや大きな悲劇に遭遇するんだ。
「これは…………もう少ししたら、話すよ。ちょっとまだ心の準備がいる。流石に君に、嫌われてしまうかもしれないから」
「…………なんで嫌うの?」
「すごく……デリケートな話だからさ。特に女性にとっては」
「……わかった。まあ、話したくなったらいつでも話してよ。私は……平気だから」
「……うん、ありがとう」
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