刑務所探索 その2
私達は刑務所フロア内、中央廊下の突き当りにある独房の前にいた。
一見すると普通の、空の独房。扉には鍵がかかっている。私はその扉をじっと見る。きっと、どこかのタイミングで空間が揺らぐはず。その一瞬で、その中に、入る。
周囲の空気が震えるような感じがしてきた。そろそろだ。そろそろ、時空の穴が開く。
「ヤミ……私の手につかまって」
「…………こう?」
私達は、握手をするように固く手を握り合う。
「そう、しっかりつかまって。絶対に離したらダメだよ。もし離したら……永遠の時の中で彷徨うことになるか、もしくはあっという間に消滅することになるかのどちらか」
「……わかった」
数分くらいたった頃だろうか。独房の扉がぐにゃりと歪んで見えた。ビンゴ。やっぱりここが、時空の通り道だった。
「ブラックホールみたいだな……君が僕の独房にやって来た時に見た穴に似てる」
「そうね、ほとんど同じものだから。よし、急いで行くよ。ここは不安定だから、この道はすぐに閉じちゃうと思う」
私はヤミをぐいっと引っ張って、黒い穴の中に入る。自分の体が目の前の一点に吸い込まれて引き伸ばされるような不思議な感じがして、気づけば私達は見たことのない廊下に出ていた。
なんというか……たどり着いた空間はちょっと薄暗く、少なくとも気持ちのよい場所ではない。
さっきまでと同様、壁や床のベースは『白』だが、ところどころには落としきれなかった赤茶色のシミができている。その上あたりには、不快な臭いが漂っていた。カビだらけの倉庫と駅のトイレを混ぜ合わせた臭い。
私達が暮らしている刑務所フロアが超がつくほど清潔である分、よけいにこの空間の『放置された感』が異様さを醸し出していた。
「……ここは、カミサマの場所への道なのかな?ヤミ、覚えはある?」
「うーん、かなり違う感じがする。僕がカミサマ面談の時に通った道は、いつもの刑務所フロアと同じような、汚れ一つない真っ白なまっすぐの道だった。こんな……幽霊が出そうな雰囲気の場所ではなかったな」
「…………だとすると、ここを進んでもカミサマには会えないのかな?でも……行くしかないね。何かがわかるかもしれないし」
先に進む前に、背後を振り返り来た道を確認する。私達がやってきた方向には、シンプルな鉄のドアが一つあるのみの行き止まりになっていた。
「帰りはこの扉を抜ければいいのかな?」
そう言ってヤミが、そっとドアノブに手をかける。扉を開くと、その向こうには漆黒の闇が広がっていた。
「……この先は、行っていい場所だと思う?」
「…………ちょっとそのまま、扉を開けてて」
私はブーツのポケットから使い捨てのナイフを一つ取り出し、暗闇に向かって投げる。
…………………………
ナイフは暗闇に吸い込まれてったきり、壁や床などに当たった音もしない。……この先は深い奈落になっているようだ。
「別の帰り道を探した方が良さそうね。……ま、ちょうどいいよ。帰り道はカミサマに聞けばいいんだからさ」
「……なるほどね。了解」
私達は、前へ進むことにする。
薄暗い廊下をどれだけ歩いただろう。道はまるで迷路のように入り組んでいて、途中何度も分かれ道を通過した。行き止まりに当たったため直前の分かれ道まで戻り……ということを何回か繰り返すことになった。
来た場所を示す印として、念の為ナイフで壁に傷を付けておく。
……こうやって進んでいけば、やがてはカミサマの元へ行き着けるのかな。
この空間は人を迷わせることが目的であって、ゴールなんてものはない……イヤな可能性が頭をかすめる。
ここが『お化け屋敷』か『巨大迷路』じゃないことを祈りたい。そんなことを考えていたら、ヤミが口を開いた。
「……本当にこんなところにカミサマがいるのかな。なんか、あいつがここにいるところが想像つかないよ。『こんな場所は不潔です』って、足を踏み入れることも嫌がりそうな気がする」
「…………そういうキャラなんだ。早く会ってみたい」
「早く会えるといいね。絶対に仲良くなりたくないって思うはず」
「……ますます早く会いたくなった」
とうとう正解の道を引き当てたのか、私達は直線の廊下に出る。左右に扉や窓などは、一切ない。地下鉄の通路を思わせるような、ただひたすらに薄暗く不気味で真っ直ぐな道だった。
先が見えないほど、廊下は長い。さっきまでは道に迷わないように必死に頭を働かせていたけど、今は分かれ道もないから少し頭を休めることができる。
……何が出てきてもぱっと対応するために、周囲の警戒だけは怠らないけど。
…………そうだ、せっかくだし彼の話を聞こうか。彼の過去の話の続き。この間、『話すには心の準備がいる』と言っていた。今は、どうだろう。
「……ねえ、この間の続きの話……教えてくれない?あなたが高校生になったときの話。……もしかしたら今日死ぬかもしれないんだしさ」
「……そうだね、わかった」
彼は前を見て歩きながら、静かな口調で、自分の過去を話し始めた。
「刑務所編」の目次を開く
第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
- 第七話 2日目の朝 火置ユウの目覚め
- 第八話 2日目の朝 灰谷ヤミの目覚め
- 第九話 二人の朝ご飯
- 第十話 ヤミの神様
- 第十一話 神様との出会い
- 第十二話 カミサマとの邂逅
- 第十三話 第一回カミサマ面談
- 第十四話 面談を終えて
- 第十五話 シャワーの時間
- 第十六話 口喧嘩
- 第十七話 闇に沈む記憶
第三章 探索
- 第十八話 自由時間
- 第十九話 刑務所探索その1
- 第二十話 図書室にて
- 第二十一話 ヤミの違和感
- 第二十二話 ヤミの神様の話~光の救世主~
- 第二十三話 出会いから5日
- 第二十四話 彼女はいかにして魔法使いになったのか その1
- 第二十五話 ヤミの神様の話~禁忌の4項目~
- 第二十六話 カミサマとあなたのお話
第四章 夢
- 第二十七話 よき友人とは
- 第二十八話 彼女はいかにして魔法使いになったのか その2
- 第二十九話 続・カミサマとあなたのお話
- 第三十話 彼の話を聞く その1
- 第三十一話 ヤミの神様の話~神様の愛~
- 第三十二話 神様の夢
- 第三十三話 もう一人の死刑囚
- 第三十四話 Clair de Lune
- 第三十五話 私の決意
- 第三十六話 刑務所探索 その2
- 第三十七話 彼の話を聞く その2
- 第三十八話 放棄された刑務所
- 第三十九話 刑務所内の追いかけっこ
- 第四十話 ヤミの心の中
- 第四十一話 その日の夜、彼は夢を見る
第五章 闇(連載中)
- 第四十二話 面談前のアイスブレイク
- 第四十三話 第二回カミサマ面談
- 第四十四話 第二回カミサマ面談を終えて
- 第四十五話 闇に沈む記憶 その2
- 第四十六話 別々の部屋
- 第四十七話 彼の殺人~ヤミの神様の話
- 第四十八話 灰谷ヤミの罪
- 第四十九話 死刑まで2週間を切った彼がシャワー室で考えた事とした事
- 第五十話 動かずのエレベーターの正体
- 第五十一話 火置ユウのカミサマ面談
- 第五十二話 ジストニア
- 第五十三話 決別
第六章 真実
最終章 二人の夏休みへ
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