夏休みの夕闇~刑務所編~ 第二十六話 彼女はいかにして魔法使いになったのか その2

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第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
第六章 真実
最終章 二人の夏休みへ

彼女はいかにして魔法使いになったのか その2

「…………で、なんだっけ?魔法使いになった時の話だっけ?」

朝の自由時間を終えて独房に戻った火置ひおきさんが僕に向かって言う。

彼女の過去を教えてくれるという話――あのまま忘れられてしまう可能性も考えたけど、ちゃんと教えてくれるようだ。

火置さんはなんだかんだ言って義理堅いと思う。

「うん。家族が死んだあとの話。その後君はどうなったんだ?」

「……気づいたら時空の穴に吸い込まれてたのよ。それで、魔法が使える世界に飛ばされた。それからはずっと、魔法使い」

「…………時空の穴に吸い込まれるだけで、魔法使いになれるの?」

「そういうわけではない。時空の魔道士――時空の魔女は、全時空にたった一人しかいないって話はしたわよね?」

僕は頷く。

「時空の魔道士ってね、交代制なの。どこかの世界で時空の魔道士が死んだら、どこかから新しい時空の魔道士が選ばれる。

つまり、あの時たまたまどこかで先代の時空の魔道士が死んだのね。そして次に選ばれたのが、私だった」

いくつあるかわからない世界の中から、火置さんが選ばれた。……天文学的な確率で。運がいいのか悪いのか……。

はたまた偶然ではなく必然だったのか、時空規模で魔法の才能に恵まれていたのか。

「……君には、魔法の才能があったということ?」

「うーん、どうなんだろう。私は『歴代最弱』らしいから、才能で選ばれた……ってことではないと思う」

「…………あの、さ。君は以前自分で『最強の魔法使いだ』って言ってなかった?あれは、何だったの?」

「ああ、それは『魔法とは』の話になっちゃうから、私の過去の話とはズレるけど……どうする?どっちが聞きたい?」

……両方ともは話してくれないんだ。本当に自分のことを話したがらながり・・・・・・・・なんだな……。

でもそれなら――そうだな、とりあえず僕は火置さんの過去が知りたい。

「その二択なら、君の過去の話の方をしてほしい」

「……わかった」

心の準備が必要なのか、彼女は一度目を瞑って控え目に深呼吸をした。そして、自分の過去を語り始めた。

彼女の過去

家族が殺され、そのまま時空の穴に吸い込まれた私は、魔法の使える世界にやってきた。
そこで『師匠』と出会ったの。

第一声『お前が新しい時空の魔道士か』って言われた。

ちんぷんかんぷんだったけど、説明を受けて理解した。

『時空のひずみを直しながら、旅する魔法使いとして生きていく』。

自分でも驚くほど、新しい人生を柔軟に受け入れられた。

師匠には色々言われたわ。

「死ぬかも知れないけど逃げないか」とか
「世界のために自分を捧げる覚悟はあるか」とか
「普通の幸せは手に入れられないが、諦められるか」とか。

私はその全部に『なんの問題もない』とはっきり答えた。師匠は『根性はありそうだ』って言ってくれて、結構嬉しかった。

それからは、ひたすら修行と訓練の日々よ。師匠が教えてくれたのは魔法じゃなく『サバイバル術』。一人で生きるためのすべを叩き込んでくれた。ナイフも彼から教わったの。

毎日泣きたくなるくらい厳しい訓練だったけど、実践で殺されそうになっても逆に『生きている』感じがして幸せだった。私は心の底から実感してた。これが私の天職だって。

それで力を付けてからは独り立ちして、色々な世界を巡って魔法を学んで、今に至るって感じかな。

***

彼女の話を聞いた僕には素朴な疑問が浮かぶ。『なぜ死ぬかもしれないつらいことに耐えられたのか』。

それを質問すると、彼女は少し考えてから「退屈じゃない人生を求めていたから」と答えた。

「みんなが同じようなものを好きになって、人に合わせると褒められて、反対についていけなかったり疑問に思ったりすると怒られて……。この世界でこのまま成長してつまらない大人になるくらいなら、子供のまま死んだほうがマシだと思っていた」

「変わった女の子だったんだね」

「小さい頃から妙に『死』に惹かれていたのも覚えてる」斜め上を見た火置さんは、うわ言のような調子で思い出話を続けた。

「家族旅行中に母が運転する車が雪山でスリップして死にかけたことがあるんだけど――家族全員が大絶叫の大騒ぎする中でも、私は怖くなかった。それよりも、窓の外の雪の粒が朝日を反射してキラキラしていてすごくきれいで『どうしていつもよりもきれいに見えるんだろう』って不思議に思っていたの」

僕は密かに思う。彼女もなかなかに壊れているなと。

「死を感じたその間だけ、目に見える全てがくっきりと輪郭を持って、普段のぼやけた感じとは全く違って見えた。時の流れが圧縮されて、一つ一つの微細な動きを感覚で捉えられる気がした。もう一度同じ体験したいとすら思った」

生死の境を見たいと望んでいた彼女のところに舞い込んできた『生と死が隣り合わせの世界』。……確かに『魔法使い』は火置さんにとっての天職だったのかもしれない。

そんなことを考えていたら、彼女が口を開いた。

「死の恐怖を耐えられる理由はもう一つあるの。魔法はとても美しく神秘的で、一生をかけて追求し続ける価値があるから」

火置さんが僕を見る。静かに僕を見る彼女から目が離せなくなる。

「あなたにも見せてあげたい。特に、私の得意な『』の魔法。私は時空の魔女ではあるけれど、自分の得意な魔法は『』なの。炎の魔道士なのよ」

すると彼女が静かに右手を前に出した。

火置さんの周囲だけ、空気の質感が変わった気がする。僕の腕に、ゾワリと鳥肌が立つ。

彼女は目を閉じてから小さく唇を動かし、そして瞼を開く。火置さんの瞳の中に、複雑な色合いで構成された銀河が見える。彼女と視線がぶつかったその瞬間、自分の存在を忘れそうになる。彼女の意識が僕の目の中に飛んできて体の中を駆け抜けて、そのまま出ていったような、奇妙な感覚。

僕は彼女の右手の中を見た。その手のひらには、太陽を小さく圧縮したみたいな炎の塊が生まれた。彼女は自分の手のうちに、ミニチュアの宇宙を創造している。

その炎の塊はすぐに消えてしまったけど、僕は時間を忘れて彼女の手の中に魅入っていた。

「…………一瞬、使えた……!!」

興奮した様子の彼女の言葉で、僕はハッと我に返る。

「や、やったーーーっ!!!」

火置さんは両手を上げ、大喜びでジャンプした。……そんな漫画みたいな驚き方をする人、初めて見たな。よっぽど嬉しいらしい。

僕はといえば、まだ放心状態だ。まさか、本当に魔法なんてものがあるなんて。目の前で見られるなんて。

彼女の言う通り、魔法は『神秘的で美し』かった。彼女が『一生をかけて追求する価値があるもの』だと言いたくなる気持ちも理解できる気がした。

とはいえ、死にそうな目にあってまで追求したくなるかはわからない。神様を信じる僕のように、彼女もまた特定の何かに対して狂っている人間なのかもしれない。

彼女はあの後何度も魔法を試したが、さっきの一回以降はとうとう一度も成功しなかった。

うーんと唸った火置さんは自分の魔法書を取り出してパラパラとめくり、真剣に内容を確認したあと、ずいぶんと長い間思索に没頭していた。

魔法、か……。『死ぬまでに見たい』と思っていた願い事が、もう叶ってしまったな。

魔法を見られたのは嬉しいけれど、僕はいいようのない不安を覚える。「彼女がいなくなったらどうしよう」。

一瞬とは言え、炎の魔法が使えるようになったんだ。時空の魔法を使えるようになるのも、もうすぐかもしれない。

時空の魔法が使えるようになったら、彼女は時空の通り道を作ってここからを出ていってしまう。

彼女が魔法を使えるようになったことを、僕はもう素直には喜べなくなっていた。

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