夏休みの夕闇~刑務所編~ 第二十三話 ヤミの神様の話~禁忌の4項目~

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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
第六章 真実
最終章 二人の夏休みへ

ヤミの神様の話~禁忌の4項目~

「ね、ヤミ。今日も神様の話して」

仄かな月明かりしか射さない静かな夜の独房に、控え目に反響する火置ひおきさんの声。ベッドに横になった時の彼女の声は、昼とは違って不思議な甘さを含んでいる気がする。

僕が勝手にそう感じているだけなのか、彼女自身があえてそうしているのか、もしくは横になっていて大きな声を出せないことがそうさせるのか……。真相はわからない。

「……もちろん、いいよ」

子供の頃から必死に考えてきた『僕の神様』の話を聞いてくれるというのに、断るなんて選択肢は存在しない。本当は、徹夜で話したいくらいだ。

というか、わざわざ僕の神様の話を聞きたいなんて言うちょっと頭のおかしい特殊な人間は、この地球上で火置さんたった一人だけだと思う。

……両親だって『神様の話はやめなさい』と言っていたし、当然学校のクラスメートも全員この話を嫌がった。

「今日は『天国と地獄』みたいな話が聞きたい。あなたの教義には死後の世界の話はないの?」

「あるよ。でもその話をするには、『禁忌の4項目』について話す必要がある。実はチェックリストの話には続きがあるんだ」

「え、そうなの?99個じゃなかったっけ?えっと……そう『光と闇を分けるチェックリスト』だよね?」

99項目でできている『光と闇を分けるチェックリスト』は、僕が考えた『神様』の教義の主軸となる内容だ。

その人の行動や考え方を評価し、善か悪かを分けるために用いられる。半分以上にチェックがついていれば光側だとみなされ、『善なる人である』という評価になるのだ。

「そう。『光と闇を分けるチェックリスト』はいわば基本の項目。ざっくりと人間性の善悪を区分するもの。一方『禁忌の4項目』は、一つたりとも絶対に該当してはいけない。文字通り『禁忌』の内容なんだ」

<禁忌の4項目>

  • 意図的な殺人(自殺も含む)※
  • 強姦
  • 精神を殺す行為(いじめ、洗脳など)
  • 人間以外の生き物を意味もなく害する行為

「これらに一つでも該当したら……即地獄行きが決定することになる。

つまり僕の教義では『光と闇を分けるチェックリストの99項目を半数以上満たすこと』と『禁忌の4項目に一つも該当しないこと』が天国行きの条件となるんだ」

黙って僕の話を聞いている火置さん。うつ伏せ状態で頬杖をついたまま、微動だにしない。……そういえば彼女、チェックリストの話は嫌いなんだっけ?僕は彼女に問いかける。

「……大丈夫?どうかした?」

「…………ヤミ、やっぱり私は救世主じゃない。地獄行きが確定したわ」

「………………え?」

「『殺人』。したことがある。もちろん快楽殺人ではないけど。したことがある」

少し驚いたけど……でも、不思議と嫌悪感はなかった。

火置さんとの会話の内容や態度……そこから想像できる性格を考えても、彼女が何の意味もなく殺人を犯すとは全く思えない。何か、『やらなくてはいけない』それ相応の理由があったのだろう。

「………それは『時空のひずみ』と関係がある話?」

「ま、そうね。前も言った通り、時空のひずみが生じるとこの世に悪いものが生まれやすくなる。悪意の塊のような人間や、凶暴な動物。『悪の権化』みたいな存在。

そういったものを……倒したことはある。倒したっていうと聞こえが良くなるけど……。正確に言うと『殺した』ことがある」

やっぱり。

つまり、世界のために戦った……ということか。…………彼女はどんな感じで悪と戦っていたんだろう。すごく気になる。

「……不可抗力って感じではあるな」

「だけど、そのチェックリストが言うのは『意図的な殺人』でしょ?正義のための殺人を許容するとは言ってない。そもそも私自身は……正義のための殺人なんてないと思っているけど」

「でも、僕の考える『意図的な殺人』には注釈があるよ。『生存するための行為は除外する』。

だから正当防衛とか、生きるために必要な場面は含まないんだ。そういったケースで行われるやむを得ない殺人は、地獄行きに該当しない」

「ずいぶんと都合がよくない?」

「そうかな?でも、野生の動物だって同じだろ?自分が生きるためには相手を殺さなくちゃいけない。

食べることもそうだし、襲われたり、巣に近づかれたりした場合もそうだ。『生命が脅かされることに対する防御』その結果の殺人は、悪にはならないよ。それなら地球上の生き物の殆どが悪になってしまう」

なるほど、と彼女が呟く。さっきよりもスッキリした顔をしているから、彼女的にも受け入れられる理論だったんだろうか。

「野生動物を基準にする考えは、嫌いじゃないかも。私は自然主義者だし」

「……それはよかった」

僕は火置さんと意見が違っても全然構わない。構わないどころか、なんで反対なのか話し合うのだって楽しい。

それでも、彼女が賛成してくれるとやっぱり嬉しい気分になった。

「……そうそう、あとね、ずっと疑問だったことが一つ解消したの。『自殺』を禁忌にしているから、あなたは自殺しなかったのね。天国に行けなくなっちゃうから」

「そう。死にたがってるくせに自殺をNGのルールにするなんて……自分で決めておいてすごく後悔したけどね。

でも僕は色々な本を読んで各方面の専門家の意見を調べて、自分が理論的に納得できる内容を吟味した上で『禁忌の項目』を決めたんだ。だから、後悔はしていても間違っているとは思わない」

「……あなたってやっぱり……変わってる。面白い人ね」

僕はよく人から『変だ』と言われてきたけれど、その『変』にはいつも侮蔑や多少の悪意が込められていた。

でも彼女の言う『変わってる』は不思議と僕を心地よくさせてくれる。言葉の中に、嫌なエネルギーが含まれていない感じがするんだ。

彼女はきっと、『変わっている』ことを『悪』だと考えていないのだと思う。……彼女自身、なかなかに変わっている人だとは思うし。

虚空を見て少しの時間考え事をしていた火置さんが、また口を開いた。

「…………ね、ヤミの考える天国はどんな所なの?」

「天国は……光に満ちた場所。ただ光だけがあって、神様がいる場所」

「……何か楽しいことは?」

「楽しいこと?」

「どこにもない風景とか、毎日変わる空とか、冒険の日々とか」

「楽しいと言うより、不変なんだ」

「……不変」

「変化がなく安定している。あるとしたら……神の愛だけかな。神様は全てを平等に愛してくれるから」

「ふーん。………………じゃあ、私は天国にいきたくないな」

「……なんで?」

「私は誰かの特別のほうがいい。平等に愛されても全然嬉しくない」

「へえ」

………………誰かの、特別か。

「無限に広がる時空の中でたった一人でいいから、その一人が私だけをどこまでも深く愛して欲しい。その他の人には憎まれたって無視されたって、忘れ去られたって平気。

もし私のことを魂ごと愛してくれるなら、私はその人になら殺されてもいい」

どこだかわからない一点を見つめながら話す火置さんのいつもと違った雰囲気に、僕は何も言えなくなる。

それに、彼女がそんなことを言うなんて意外に思えた。だって、彼女は一人で生きることを『楽しんでいる』ように見えていたから。『特定の誰かから愛されること』にあまり興味がないように思えていたんだ。

「…………なんてね。……その天国は……あなたの理想の世界なのね。苦しみも痛みもなく、神の愛だけがある安定した世界」

いつもと同じ調子に戻った火置さんが話を続ける。

……もう少し、君の話を聞きたかったのに。君はいつも肝心なところで、するりと話題を躱してしまう。まるで撫でられるのが嫌いな猫みたいに。

「そうだね、僕の理想の世界だ。現世の悲劇は、もうこりごりだから。……火置さんは、死後の世界を信じてる?」

「……あなたから散々こんな話を聞いておいてあれだけど……信じていないわ」

「そうなんだ」

「大事なのは、生きることだと思ってるから」

彼女の瞳が、強く輝く。僕は彼女の鋭い視線が結構好きだ。君の強さには、尊敬と崇拝に似た気持ちを起こさせる。

君の瞳の向こうには神様がいて、神様が君を通して僕に語りかけてくれているのかもしれない。

「……そうか」

「だから、正直に言って、あなたにももっと生きてほしいけどね」

「死刑囚に言う言葉じゃないね。もうどうしようもないしな」

僕は苦笑いしながら答える。

「だよね……ごめん」

火置さんは目を伏せる。その瞳は、少し悲しそうに揺れる。言葉通りに受け取るならば、彼女は……僕に死んでほしくないと思ってるんだ。僕の胸の奥も、なぜだか少しだけチクリと痛む。

死んで神様のところに行きたいという僕の理想と、死んでほしくないという君の願いが生み出す摩擦で、心がひりついているのかもしれない。

「……火置さん、これだけは言いたいんだけど」

「……何?」

「僕、死刑になる前に君に会えて本当によかったと思ってるんだ。君にはとても感謝してるよ。君が来てくれてから、毎日がとても楽しいんだ」

「…………そっか」

「……そろそろ、時空の魔法だっけ?を使えるようになった?時空の魔法が使えるようになったら、君はここから出ていってしまうんだよね?

君はいつまでここにいてくれるんだろう。そのうちいなくなってしまうと思うと、少し寂しい」

「……まだ、魔法が使えないの。だからもう少しあなたにはお世話になると思う。……あとちょっとかもしれないけど、それまでよろしくね」

「よかった。君には申し訳ないけど、もう少しここにいてくれるのは嬉しいな。明日もたくさん話そうよ」

「そうだね、話そう」

「明日も君の話を聞きたい。今日は魔法が使えるようになる前で終わってしまったから、どうやって魔法が使えるようになったのかを聞きたい。

君がどんな人生を歩んできたのか、興味があるんだ。刑務所探索の合間でもいいから、また僕と話をしてほしい」

火置さんは少し黙った後、うんわかったと答えてくれた。

「……ヤミ、私そろそろ眠くなっちゃった。寝るね」

「わかった。長くなってごめんね。おやすみ、火置さん」

「ん……おやすみ……」

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