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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
最終章 二人の夏休みへ
会いに来た彼女
僕はベッドにうつ伏せで突っ伏していた。
僕の悲劇は、カミサマによって引き起こされたものだった。
……やつに目をつけられていなかったら、僕はごく普通の人生を歩んでいた?週末には父と母と外食でもして、中学生か高校生で初めての彼女ができて、初めての彼女とは大学進学前に別れて、大学生になって好きな人ができて……。悩み事を相談できる友達がいて、気の合う仲間がいて、気にかけてくれる教師がいる。……そんな人生?
そこに『神様』がいるところは、どうしても想像できない。きっと僕は、僕の人生を満喫していただろう。
たまに傷ついて、でもその後の楽しいことで傷ついたことなんて忘れて、それを繰り返す。神様がいなくても、僕は周りの力を借りて、僕の傷を癒やすことができる。
でも……でも、この人生には何かが足りないような気もする。一つ一つのイベントが、全体的に漠然としているような。これは、僕がそういう幸せな人生を生きてこなかったからそう思うのだろうか。
『なんとなく』誰かとわかりあって、『なんとなく』幸せを感じて、『なんとなく』人生ってこういうものだと思う。全てがなんとなく過ぎていくような、そんな感じ。
……ごく普通の幸せな人生の中にも、魂を震わせるような、このために人生を捧げたいと思うような、そういうものに出会えるのかな。死んでもいいから手に入れたいとか、自分の命よりも確実に大事だと思えるものとかに。
それにきっと、この人生に火置さんはいない。僕は彼女の存在を知らずに、一生を過ごす。意地っ張りで、勉強家で、感受性が豊かな魔法使いに会うことなく、僕は就職して結婚して子供でも授かって、そして死んでいくんだ。
僕が誰かと愛し合っている間に、彼女は世界を飛び回って、時空の歪みを直している。その合間で……彼女も他の誰かと愛し合っているかもしれない。
コンコン
終わりの見えない考え事を中断させたのはノックの音。僕は静かにドアを開ける。
「やっぱりあいさつがしたくなった」
久しぶりの火置さんの声に、僕の心臓は高鳴る。ああ、やっぱり僕は喜んでいるんだ。
「……嬉しいよ」
僕は素直に返事をする。
あの夜、彼女を部屋から追い出してからというもの、僕達は一言も口を聞いていなかった。たまにフロアで彼女を見かけた時、彼女は僕に話したそうな様子を見せていたけど僕の方から彼女を避けるようにしていた。
それから僕はあまり部屋から出なくなったから、彼女がどのように一日を過ごしているか知るすべもなかった。
「ね、ヤミ。……やっぱりまだ死にたい?」
以前と変わらない口調で、君は僕に話しかける。
どうして君は僕に拒絶されてもめげないんだ?昔からの友人さながらに、接してくれようとするんだろう。
「……火置さん。なんで諦めないの?」
「え?」
「もう、僕のこと諦めてもいいのに。……僕、そうやって仲良くしてくれればしてくれるほどつらくなるよ」
「これからも仲良くすればいいじゃない。死なないでよ」
「簡単に言うけどさ……」
あまりにも軽い火置さんの口調に、言い争う意思が削がれていく。元々僕は気持ちを隠すのが得意じゃないし、本当は全部話してしまいたい。死ぬことを迷い始めていることも、カミサマから言われたことも全部。
……でも、君のことを好きになったかもとだけは言えないかな。自分がよくわからないんだ。違うかもしれないから、まだ伝えたくない。
「……私は、あなたが気に入っている。あなたがおかしい人でも、ちょっとネジが外れちゃってても、それでも気に入っているの」
うーんと、ちょっとじゃなくてだいぶかな、と笑いながら火置さんは言う。……ほら、そうやって君は、どんどん僕を『死にたくなくならせる』。
「………はは」
「……本気よ」
「僕なんかを気に入らないほうがいい。悲劇に巻き込まれるよ」
「でも、一緒になんとかすれば悲劇にならないかも。だって私は強い。世界を救う魔法使いだよ?事故とか事件なら、魔法で解決できるよ」
……どこまで本気で言っているんだろう。全くの嘘ではないだろう、それはわかる。でも、一生一緒にいるわけじゃないだろ?
彼女がいなくなった後の僕はまた、一寸先が闇の悲劇的な人生を孤独の中で歩んでいくしかない。
……あまりにも残酷な提案だ。彼女はそれを分かって言っているんだろうか?
「……ヤミ。私はあなたの決断を尊重する。……あなたがそれでも死にたいというなら、私は止められない。でも、これだけは伝えたい。私はあなたに生きてほしいし、あなたがもういいよというまであなたを手伝いたい」
そう言いながら火置さんは、彼女が肌身離さず持っていた魔法書を僕に手渡した。
「……あなたのことを巻末に書いたの。ヤミ、前に言ってたでしょ?『僕のことをその魔法書に書いてほしい』って。ちゃんと書いた。だから、私のお願いも聞いてよね」
「…………ありがとう」
魔法書を開こうとした僕を、彼女が制する。
「あ、待って。恥ずかしいから私が帰ってからにして。静かに、こっそり読んでね。感想もなにも言わなくていいから!」
そういうと、彼女はそそくさと立ち去ろうとする。そして、扉の手前で、僕の目を見ながら静かな声で「……私、信じてるから」と言った。
僕は彼女が出ていくのを、部屋の中から見送った。足音が聞こえなくなって初めて、僕は魔法書の栞が挟まった箇所を開く。
そこには……彼女から僕への伝言が綴られていた。
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※ヤミがユウに『僕のことを書いて欲しい』と言ったエピソードはこちら