ヤミの違和感
「じゃあ、決まりだ。僕は君に協力する。君がこの刑務所の謎を解き明かし、カミサマと対決し、歪みを調査するのを全面的にサポートする」
私の『降参という名の同意』を受け、すっきりした顔でヤミが言う。ヤミって、ふわふわした雰囲気がある割に案外押しが強い。威圧的ではないのに、有無を言わせない何かがある。
彼は妙に嬉しそうだ。本当の本当に『死ぬかもしれない調査』になるってことを……わかっていないんじゃなかろうか。
「……どうしてそこまでするの?暇だから?」
「それは大いにある」
「でしょうね。私ならとっくのとうに狂ってるよ。こんな、どこへも行けずに何もできない生活。3日が限度」
「僕はじっとしているのは得意な方ではあるんだけど……。せっかく君に会えたのに、死ぬまでこのままぼーっとしてるのもなって思って。……あとは、死ぬまでに君の『魔法』をどうしても見たいんだ」
まあ……それはわかる。仮に私が彼の立場だとしても、絶対に魔法を見てみたいと思うもん。
「見たいって言ってたもんねえ。まさか私も、こんなにずっと魔法が使えないなんて驚いてる。……そろそろ私のこと、魔法使いだと信じられなくなってきたかと思ってたけど、信じてくれてるんだ」
「うん」
魔法の使えない『自称魔法使い』を信じてくれるなんて……彼もなかなか、酔狂な人だと思う。
自分で考えた神様のことをずっと信じているというくらいだし、心根は純粋なんだろうな。……ちょっと行き過ぎているというか、『無垢』という言葉では片付けられない歪な純粋さを感じるけど。
「冥土の土産に見せてあげられるように頑張るね。それまでに死んじゃっても……悪いけど恨まないで」
彼は傷つかないだろうなと踏んだうえで、ちょっとした皮肉をぶつけてみる。もう少し『生』に執着してもいいんじゃない?って思いで。
とはいえ、死ぬことを痛くも痒くも思っていない彼にとっては、もちろんそんな皮肉もノーダメージのはず。
……だけどそんなに死にたいなんて、本当によっぽどな人生を送ってきたんだろうな。3歳の交通事故の後も、きっと色々あったんだろう。
「で、だ。そんな君にさっそく情報提供があるんだけど」
「……なんでしょう」
「さっきフロアを歩いた時にすごく気になったんだけど……、カミサマの部屋に行く道がないんだ」
「……違う階なんじゃないの?エレベーター使えなかったじゃない」
そう。トレーニングルーム隣のエレベーターは機能していなかった。ボタンを押しても、うんともすんとも言わなかったのだ。
「……僕の記憶の限りでは、カミサマ面談に行った時にはエレベーターを使っていない。もちろん階段やエスカレーターも使っていない。
ただひたすらに長い廊下を歩いて、突き当りにカミサマの部屋があった。でも、このフロアにはその長い廊下に続く道がなかった。同じフロア内にあるはずなのに、どこにも見つからなかったんだ」
カミサマ面談に行った時のヤミは、頭が妙にクラクラしていてあまり周囲の記憶が定かではなかったらしい。面談の際に見たフロアの風景と、さっき独房の外に出たときに見たフロアの風景も、どことなく違って見えたという。
……それもこれも、時空が歪んでいるせいなのだろうか。にしても、どうしてこの刑務所自体が歪んでいるのだろうか。
今までたくさんの世界で時空の歪んだ場所を見てきたけれど、物理空間そのものが不安定になっているケースは見たことがない。きっと『歪み』が近くにあるということなんだろうけど……。
ブーーーーーーッ
図書室内に、鼓膜を震わす大音量の電子ブザーが鳴り響く。まずい、時間を忘れて話しすぎた!?私は焦って周囲を見渡す。
「火置さん、大丈夫。これは5分前のブザーみたいだよ。ちゃんと時計は確認していたから」
ヤミは落ち着いた調子で、私に向かって話しかけた。彼が指さした方向には、壁掛け時計があった。そっか、フロアの時計は一箇所しかないけど、各部屋の中にはちゃんと時計があるんだ。
……ほっと胸をなでおろす。彼ってすごく、抜け目ないわね。私はおっちょこちょいなところがあるから、ものすごく頼りになる。
「ありがとう、ヒヤッとしちゃった。……にしても、自由時間終了の5分前にブザーがなるなら、気づかずにルールを破るってことはなさそうね。親切なんだか、何なんだか」
私達は書架に本を戻し、一旦部屋に帰ることにする。
独房に戻って程なくすると、もう一度ブザーが鳴って、扉の施錠音が聞こえた。
私はベッドに寝転びながら、ヤミが書き起こしてくれた見取り図を眺め、次の作戦を練る。
ヤミの話によると、カミサマはこの階のどこかにいるということになる。そしてこの階にカミサマがいるってことは……この壁のどこかに隠し通路があるってことか。ヤミからいい情報をもらえて助かった。この情報がなかったら、私は当分エレベーターの動かし方を調べ歩いていただろう。
昼食後の自由時間、私はもう一度フロア内を調べることにした。
『心配だから』と最初の15分ほどヤミが付いてきたけど、やっぱりどこをどう見ても他の囚人の気配はせず、危険らしい危険はないように思えた。
私は『もう大丈夫だから』と言って彼をトレーニングルームの前まで送り、『でも……』とごねていたヤミを半ば無理やり押し込む形で中に入れてから、一人で刑務所の探索を再開する。
叩いたり触ったりしながら外周の壁を隅々まで調べたけれど、隠しボタンや怪しい隙間など、気になるものは何一つ見つけられなかった。
夜の自由時間も、ヤミは心配して私について来たがって『デジャブかな?』と思うほどの同じやり取りが繰り返され……結局私の方にはなんの収穫もなく、その日の自由時間は終了。
これだけ探してアリの子一匹のヒントすらないというのは、ちょっと堪える。次は……他の独房をじっくり見て回ってみようか。
ベッドに寝転んで天井を見上げながら、私は明日の計画をたてていたのだった。
※次のエピソードはこちら
目次を開く ※最新話は三十一話です
第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索(連載中)
第四章 夢
第五章 悪
第六章 真実
最終章 二人の夏休み