夏休みの夕闇~刑務所編~ 第四十三話 第二回カミサマ面談

第二回カミサマ面談

「さて、囚人番号2084灰谷ヤミ。今日私がお話したいことは二つです。一つは火置ユウについて。もう一つはあなたの心境についてです」

「……早く終わらせてくれよ」

「冷たいですね。そんなに火置ユウのところに戻りたいですか?……まあ、そうですよね。私なんかより、人間の女の方が話していて楽しいですよね。あなたは人間の男ですし……ま、それはわかります。わかりますが、ちょっと聞いて下さい」

「何が言いたいんだよ。結論のみを、簡潔に話してくれ」

「あなたそれ、女性に言ったら絶対嫌われるヤツですからね?ま、私はオスのカミですけど……。……えっとですねまず、私は火置ユウのことが気になっているんです」

「…………」

「だから、面談が終わったらあなたから言っておいてもらえませんか?カミサマが会いたいって言ってるって」

「…………変なこと考えてるんじゃないだろうな?」

「あーいやだいやだ。人間のオスってすぐそういうことにつなげるんですから……。あのね、別のニンゲンにもお伝えしましたが、私はカミであってヒトではないので、異種に性的魅力は感じないんです。だからあなたのユウちゃんが私に取られることは未来永劫ありません。ご安心を」

「……突っ込む気力もないな…………。でも、彼女もあんたに会いたがっていたよ?僕が伝えるまでもなく会いに行けばいい」

「なるほど、相思相愛というわけですね。では、じき会いに行くと伝えておいてください」

「…………わかった」

「というか、そうそう。どうです?彼女とのひとつ屋根の下、刑務所生活は」

「………それなんだけど、そろそろ彼女を別室に移さない?……曲りなりにも僕は男なんだよ。風紀的にどうなの」

「前回はそんなこと言ってなかったじゃないですか。突然どうしたんですか?」

「……前回から何日経ってると思ってるんだよ……。さすがにこんなに長期間、同じ部屋にいることになるとは思ってなかった。ベッドを手配してもらった手前、申し訳ないけど」

「本当ですよ、とてもワガママですね。どんな家庭で育ったのでしょう。……まぁ、考えておきます。空き部屋はたくさんありますからね」

「頼むよ」

「では二つ目のテーマに移りましょうか。あなたはさっきも死にたいと言っていましたが、実際のところどうですか?死にたくないなって思うことはないですか?あなたの最近の心境を聞かせてください」

「……もちろん変わらずに死にたいよ。どうしてわざわざそんなことを聞くんだ?……だいたい死刑囚に死にたいですかって……嫌だとでも言ったらどうするつもりなんだよ」

「……そうですね。心理学的実験に使えそうです。『あなたは10年後に死刑になる』と伝える。何日で死を受け入れるか。受け入れた後に、助けると言ったらどうなるか。その後にやっぱり死刑にしたらどうなるか。または……死にたい人間を、死刑直前で死刑を取りやめたらどうなるか」

「…………何のためにそんなことをするんだい?……悪趣味にも程がある」

「悪趣味ですか?でも私は気になるんです。人間の精神……心理が、とても。どうして人間は、他人の言葉に惑わされ、自分が信じたいと思っているものを信じ切ることができないのでしょう。私の言葉を全部信じていれば楽なのに、どうしてわざわざ苦しい道を選んだりするのでしょうか?

私はこの国のカミサマに就任したときから、ずっと疑問だった。だって人は『カミサマ』を遥か紀元前から信じてきた訳でしょう?それなのにこの国の人間ときたら、そもそも神を信じていないばかりか、かと思ったら一部分だけ信じて都合よく解釈して、それで勝手に苦しんでいるじゃないですか。私の言う事を1から1000まで全部信じていれば、苦しみからも救われるというのに」

「どうかな。結局人類は、昔から同じだったんじゃないか?紀元前の人間だって、神を1から1000まで信じていたわけじゃない。都合の良いときだけ神に祈ったり、神に祈らなかったせいにしたりしてたんだよ。別に、世間一般の人間は神のために生きているんじゃないんだから」

「……でも、あなたは1から10000まで自分の神様のことを信じているし、そのために生きていますね?」

「…………そうだね」

「どうしてそんなことになったのでしょう。だから私は、あなたのことを知りたいんですよ。あなたの信仰心の秘訣が理解できれば、私を妄信的に信仰する人類を増やせるじゃないですか」

「……僕は、ただ神を求めているだけの空っぽ人間だ。僕の精神を調べても、面白いことはなに一つないと思うよ」

「そうでしょうか?あなたの精神って、かなり特殊というか……興味深いと思いますけどね。
ただ、あなたの『信仰心』には致命的に問題な点もあるんです。それはずばり、『私』ではなく『自分の神様』を信じているという点です。

……全く持って腹立たしい。あなたの教義が妙に分かりやすいことも、イライラポイントの一つですよ。バカが流し読みしても理解できる内容です。『信者』という観点だけで見れば、あなたはとても優秀です」

「嬉しいね、僕の教義を褒めてくれるなんて」

「はぁ……どうせ信じるなら、私のことを信仰してくれればよかったのに。そうであれば、あなたを敬虔な神の伝道師として任命し、布教活動を全面的にお任せしたんですけどね」

「丁重にお断りするよ。だいたい僕は、自説を広めることに何の興味もない。ただ僕が僕のために僕の信じる神様を求めているだけなんだから」

「ほら、すごいじゃないですか!私もそんな風に信仰されたい……。どうしたらそうなれるんでしょうね?教えてくれませんか?」

「……もう少し『善的』になってみたらどう?あんたはどう見ても『悪的』な感じがする。僕の『光と闇を分けるチェックリスト』でも、きっとほとんどバツがつく。だから誰も信じないんじゃないかな」

「…………なるほど。勉強になります。すごくむかつきますけどね」

「……その喋り方も多分、胡散臭さに磨きをかけていると思う。……とにかく、あんたには『信じたい』と思わせる魅力がほとんどない」

「どうしてそんなにはっきりとものを言えるんですか?『オブラートに包め』と言われませんでしたか?」

「よく言われてきた。僕は素直なんだよ」

「素直ですべてが許されるのは5歳までです。それ以降の人間は、嘘をついて立ち回ることを覚えるし、結局はその技術を伸ばすことを求められるんですよ。『嘘を付くな』と言いながら、その横でいとも簡単に本音と建前を使い分ける大人を目の当たりにして、それを学習するわけです。つまるところ、あなたは大人になりきれていないんですね」

「……そうかもな。あまり人から何かを学んでこない人生だったから」

「…………まあ、いいでしょう。よくわかりました。……いや、まだわかりません。あなたが死ぬまでに、あなたの信仰心の謎が解明できればいいのですが。

そうでないと、私はまたきっと20年近くかけて人間観察をしながら、妄信的な信者を作るための考察を組み立てなくてはならない…それは億劫です。いくら神が不老不死といえども、さすがに億劫です」

「……?どういうことだ?」

「今日の面談時間は終わりです。ちょっと疲れました。というか、あなたと喋るのって疲れますね。よく彼女は耐えていると思います。

さ、帰ってください。そうそう、彼女への伝言をお忘れなく。それではごきげんよう」


※次のエピソードはこちら

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第一章 夕闇の出会い

第二章 神様

第三章 探索

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