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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
最終章 二人の夏休みへ
カミサマ面談最終回
~灰谷ヤミの死刑まで残り3日~
「どうですか?調子は」
「……よくないよ」
「お望みの死がそこまで来てるというのに?」
「………………」
「彼女と喧嘩したんでしょう?もうすぐ死刑なのに。仲直りしたほうがいいんじゃないですか?今まであんなに仲良くしていたのに。さすがに淋しいんじゃないですか?」
「……」
「ま、私には関係のないことではありますが……。だって、あなたがどんな気持ちで死のうがどうだっていいですしね。やっぱり最後まで酷い人生だったと、この世を恨みながら死んでいこうが関係ないですから」
「そうだよ、あんたには関係ない。もう、部屋に帰らせてくれないか」
「そんな冷たいことをおっしゃらずに。……今日はね、ひとつ提案があってあなたを呼んだんです」
「もうすぐ死ぬのに、提案も何もないだろう。静かに過ごさせてくれよ」
「……そう、それです。死刑執行を延期する気はありませんか?」
「………何を言ってる?」
「だから、死刑の執行をもっと後にずらすんです。あと、……そうですね、半年?いや、1年でもいい。とにかく、延期するんですよ。私は気が長いですから、いつかあなたが死んでくれればなんだっていいんです。国にはあなたは予定通り死んだと公表しますから」
「……なんのためにそんなことをするんだよ?前回の話を忘れたのか?僕は『早く死にたい』と言っただろう。延期するメリットが、僕にとっては何もない」
「この間も言った通り、私はあなたの『信仰心』にとても興味がある。解明したいんです。でもまだ解明できていないんですよ。もう少し時間が欲しいんです」
「……僕にとってのメリットの話だよ。何度も言っただろ。僕は死にたいんだ」
「でも、あなたには彼女との時間が足りないでしょう。それに、彼女だってあなたともっと一緒にいたいはずです。違いますか?……下世話ですか?私」
「…………もう、いいよ。長く一緒にいたところで、いつか死ぬのは変わりないだろう。早く死なせて欲しい。気が変わらないうちに」
「それは、気が変わりそうだということですか?」
「……言葉の綾だ」
「では……もう少し、延期する気になりそうなことを言ってあげましょうか」
「……これ以上なんだよ」
「あなたの悲劇は、私のせいなんですよ」
「…………え?」
「だからね、あなたが常に悲劇的な人生に苦しみ、悩まされ、人々とのつながりや愛情、承認、安心を全く得られなかったのはすべて、私のせいなんです」
「……冗談だろ?」
「覚えていませんか?あなたの悲劇がはじまったのは、だいたい…2歳から3歳にかけてですね?その間に何があったか。あなたは2歳のころ、私に出会っている。私は2歳のあなたの運命を、ちょこっと操作したんです。それで、こうなった」
「何……を…………」
「驚いていますね?そうですよね、初めて言いましたからね。あなた達は私が何かの研究をしていることには気づいたようですが……さすがに人の運命にまで干渉しているとは思わなかったでしょう?」
「ちょっと待てよ……意味がわからない」
「私は、常に実験をしているんです。誰かの人生を使った、壮大な、心理学的臨床実験です。誰かの人生に密着した実験なんて、なかなかできるもんじゃありません。だって密着する本人も、同じ時間軸で年をとっていってしまうのですから。でも私はカミサマだから、そこについて気にする必要はありません。何人もの人生を追うことができます。不老不死ですから」
「あんたは……何なんだ?」
「『カミサマ』ですよ?ヒトとは異なる、より上位の存在です。……あ、そうだ!それでは今日は特別に、私の行っている研究の話をしましょうか!ええ、そうしましょう。
もう最後の面談ですからね。今になってあなたから何かを訴えられてもどうしようもないですから、今日は私の講釈の時間にしましょう」
カミサマの心理学
まず、人間心理の大前提だけは先に押さえておきましょうね。
人間の精神に必要なもの。ないと死ぬもの。
それは「愛着」「承認」「安心」です。これは臨床心理学における常識中の常識です。
心理的なトラブルはすべてがここに帰結されます。よく覚えておいてください。これからの話の基礎になりますから。
そして、あなたが一番気になっていることについて話します。そう、私が行ってきたあなたを対象とした研究のテーマはね『満たされた環境にある人間から、愛着・承認・安心を奪い続けたらどうなるか』です。実に学術的なテーマだ。
あなたはとても満たされた家庭に生まれましたね?両親は美しくて仲が良い。
父親は事業に成功していて、忙しいが経済的に豊か。海外を飛び回ってはいるけれど、家に帰れば家族との時間を大切にする。
母親は、おっとりしていて優しく愛嬌があり、誰もが振り向くような美人だ。普通の家庭に生まれ育ったからか、結婚後に裕福になってもそれを鼻にかけることなく、慎ましく暮らしている。愛する夫との間に生まれたあなたを、心から愛している……。
そしてあなた自身も、恵まれています。健康体で、容姿が美しく、勉強ができる。口に出していて、ムカつくようなスペックです。
……ちょっと性格的に気持ち悪いところがあるので、そのまま成長しても『モテモテ』とまではいかなかったかもしれませんが……まぁ、それもご愛嬌というやつでしょう。
つまりあなたは、経済力・健康・美・安定した家庭、生まれながらにしてすべてを手に入れていました。
そんな、人生において何一つ不満になるような要素のないあなたから、私は奪ったんです。『愛着』や『承認』『安心』……人間の精神に必要な三大要素を。具体的なやり方は企業秘密ですが、あなたの人生をくにゃっと曲げたんです。私はカミサマなので、そんなことは朝飯前です。
………といっても、それができるのは2歳児までですが。人はね、3歳になると人生が固まってしまうんですよ。だから外部から干渉できなくなってしまうんです。ペラペラと人間語を喋りだしたら、もうアウト。
そしてあなたは『悲劇的な人生』になった。あなたには面白いくらい、不幸が舞い込んできたでしょう?ゴキブリが100匹いる部屋にGホイホイを置いたかの如くだったと思います。
わかりあえる友達もできない、家族に守ってもらえない、信頼できる人が周りにいない。できたとしても、いなくなる。下手にいい家庭だった分、より地獄だったでしょう。グレるっていう選択肢もなかったですしね。真の孤独を、思う存分、満喫していたはずです。
しかしあなたは……普通なら発狂して一家心中を企てるなり、自堕落になって引きこもりになるなりするところを、案外異常もなく普通に過ごしてきました。
……ある一点を除いて。そう、『自分の神様信仰』です。
あなたは脳内に産み出した神様について、狂気的なまでに深く考察し、自分の納得の行く論理的整合性の持った教義を整備し、『ヤミ教』とも呼べるひとつの世界観を体系化しました。その中に自分を置いて没頭することで、孤独を和らげたんです。
これは、レアケース中のレアケースです。普通はもっと、自分の外に救いを求めるものですから。あなたは100%自分の中に救いを求めました。もともと『孤独耐性』が強い人間ではあったんでしょう。それにしても、驚きましたが。
そして『宗教』というテーマに目を付けたあなたに、私は興味を持ちました。私の人生のテーマと共通していたからです。だから、私はあなたの人生を20年間追ってきました。
その結果、確信したんですよ。やはり『信仰心』はすべてを凌駕すると。何かに対して一度『信仰』の念を抱けば、痛みさえ麻酔をかけたかのように耐えられるんです。もはや医療の類ですよ!
……とまあ、私の研究内容の紹介は以上です。ご清聴ありがとうございました。
カミサマ面談最終回・後編
「……大丈夫ですか?さっきから驚きすぎて喋れていませんね?……でも、これからが大事なんで続けますね。
そう、悲劇的な人生が私のせいだということは『あなたが作り出した神は、私のおかげ』だということです。そうですよね?ここに論理的な破綻はないですよね?だってあなたはきっと、そのまま幸せに成長していたら、自分の神様なんて作り出さなかったでしょうから」
「…………うるさい」
「まぁ、聞いて下さい。あなたが10余年間、ずっとずっと信じ続けてきた宗教は、つまり、私あってのものだったのです。あなたの『神様』の上には、『カミサマ』がいるのです。あなたの信じる光り輝く絶対存在の上に君臨するのは、この私です」
「……違う……!」
「違いません。そして、私があなたの信仰心の強さについて知りたいことが、最後に一つだけあります。それは『幸せなあなたが自分の神様をどうするか』です。神様に頼る必要がない状態のあなたがどうなるかを、私は知らない。だから、私はあなたに幸せになってほしいんですよ。
……どうです?乗らない手はないでしょう?幸せになれるんですよ?利害の一致ってやつじゃないですか?」
「お前が何を言おうと……僕の考えは変わらない。少なくとも、お前のやっていることや頭の中は汚れきっている。そんなものを僕は愛さない」
「……ここまで言って駄目ですか?あなたの欲しいものを何でも用意すると言っているのに……。
まぁ、いいでしょう。せいぜい最後の3日間を楽しんでください。あなたが私の提案に乗らないなら乗らないでいいんです。あなたが死んでから次の手を考えますから。
でもね、気が変わったならいつでも言ってください。私は心が広いので、延期したいといえばいつだって受け入れます。もちろん、死刑が執行されるまでの話ですが。
……それでは3日後に会いましょう。ごきげんよう」
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