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第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
最終章 二人の夏休みへ
謎の刑務所と彼女の疑問
「にしても……さ」少ししてから、彼女が控え目に僕に声をかけてきた。「看守の点呼がないって……ここは本当に刑務所なの?実は精神病棟でした、とかじゃないよね?ちょっと異様な感じがしない?」上目遣いで遠慮がちに、火置さんは問いかける。
「……言いたいことはわかる。僕ってちょっと、精神的にイッちゃってる感じがするんでしょ?」
「…………そう、ね。落ち着きすぎてて狂気を感じる部分はある」腕を組んで大きく頷きながら、彼女は言う。「ひと月後に死刑になるくせに」
「ここが異様なのはきっと『特別棟』だからだよ。噂によると、特別棟では囚人を放置するらしいんだ」
確かにびっくりするくらい誰の気配もない、と火置さん。
「特別棟に移る前までは点呼もあったし、刑務作業もあったし、巡回もあった。いわゆる『刑務所生活』だったよ」
彼女は顎に手を当てて何かを思案したあと、僕にこう言った。
「私の予想ではね……この世界には既に、大きな時空の歪みができちゃってると思うの。だから私はここに飛ばされてきたんだと思うんだ。時空の穴は、歪みが生じている世界につながるから」
「…………そうなの?」
「ここの様子がおかしいのも、もしかしたらそれが関係あるかもしれない。そもそも私は、歪みの調査をするためにここに来たのよ」
「そろそろ夏休みだし、旅行か帰省のどっちかだと思ってたよ」
「そんなマイペースな時空の魔女は聞いたことないよ!」
驚く顔でのけぞる彼女。その大きな反応についつい笑いそうになってしまう。
……ああ、楽しい。火置さんの反応って、おもしろい。久しぶりに心の底から楽しいって思った気がする。
「…………ちょっと、どうしたのよ」
俯いて笑いをこらえていた僕に気付いた彼女は、少しムッとして言う。彼女の機嫌を直すためにも、今はとりあえず話題を変えてしまおうかな。僕は『時空の歪み』とやらのことはよくわからないし。
「あ、そうそう、火置さん。話が変わってしまって申し訳ないけど、昨日言っていた『魔法』……見せて欲しいんだけど」
そう、僕にとっては世界の危機よりもこっちが圧倒的に気になっているんだ。
僕の期待に満ちた様子を見て……彼女は困惑した表情で眉を下げた。……あれ?どうしたんだろう?
「えっと……それなんだけど…………」
さっきまでの強さはどこへ行ってしまったのか、彼女はしょんぼりと肩を落とす。まさか、実は魔法なんて使えないとか言い出すんじゃないだろうな?
「まだ魔法が使えないみたいなの。……私はこの世界出身だし、この世界の理ことわりとはもう馴染んでいるはずだから、今日から使えると思ったんだけど…………」
「使えないものは仕方ないか。使えるようになったら見せて」
ちょっとがっかりしたけれど、それより何より火置さんがこの世界出身だということにちょっとした衝撃を受ける。……それじゃあ、あながち『帰省』というのは間違ってはいなかったんだな。
「うん、ごめんね。……でも、この世界で私の魔法が使えないっていうのも不自然なんだよね。何だか……嫌な感じがする」
僕には魔法使いが普段何を考えて生きているのかなんてわからない。けれど今までの会話の流れを総合すると、どうやらこの世界には何らかの危機が迫っていて、時空の魔女である彼女自身にも異変が生じている……ということらしい。
ここから出られない、魔法が使えない……。彼女にとっては不自由なのかもしれないけれど、おかげさまで僕は昨日から退屈せずにここの生活を満喫できている。
少なくとも僕の個人的な意見としては、この世界に不可解なことが起こりつつあることを喜ばしく思っていた。
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※「時空の歪み」について解説しているストーリーはこちらです。
