私の決意
今朝会った囚人は、今日の夜に死刑になると言っていた。……きっと死刑執行の前後から、カミサマの監視がいつもより手薄になるだろう。
カミサマの元へ続く『隠された道』を調査するなら、今日ほど絶好なタイミングはない。
ピアニストの囚人が去り際に放った『歪んでいる』という言葉で確信できた。この刑務所はやはり、時空の歪みのごくごく近くに造られているはずだ。
だから、『魔法が使えない』し、『たまに視覚や聴覚に歪みを感じる』。そしてダメ押しの理由、『カミサマはどう考えても、時空の歪みから生まれた邪悪』。
あまりにも条件が揃いすぎている。ここが時空の歪みの近くにあるというのは間違いない。
ヤミが最初のカミサマ面談の後に言っていた言葉。『まっすぐ歩いてカミサマのところまで行った』という話を思い出す。
きっと……中央廊下の突き当りに、隠し通路が出現するんじゃないか……と、予想している。
私は決意する。行くなら、今だ。
これから始まる夜の自由時間、隠された通路に入る。もしかしたら時間内に独房へと戻れないかもしれないけど、隠し通路にさえ入ってしまえば看守にすぐ見つかるという可能性は少ないはずだ。看守から逃げ切れれば、カミサマに会えるかもしれない。
念の為、戦いの準備をしておく。ここでは魔法が使えないから、主戦力となるのはナイフ。そして補助的に使う魔法道具を点検する。
背中にヤミの視線を感じる。……きっと彼は私が何をしようとしているかくらい、すぐにわかってしまうだろう。
……私は『もう一つの決意』を固める。
「死ぬかも知れないけど、一緒に来る?今日、ここのルールを破るの」
「どういうこと?」
「カミサマのところに行く。……今日の夜は管理が手薄のはず」
「……なぜ、そう思う?」
私は今日あったことと、この刑務所についての考察をヤミに話して聞かせた。
『今朝他の囚人と会った』と言ったらヤミは一瞬驚いて心配した風だったけど、それ以降彼は話のところどころで頷きながら静かに私の話を聞いていた。
「でも、さ。一緒に行って、いいの?最近君に避けられていると思ってたよ」
「……よくわかってるじゃない」
確かに私は、最近ヤミを避けがちだったと思う。でも別にそれは、彼が嫌いだからとか、彼の考えが気持ち悪いからとかじゃない。
避けていた理由は、その反対。仲良くなってしまったから。死なれるのがつらいから、あまり関わり合いにならないようにしていた。彼と深い話をすればするほど、心が重くなっていく気がしたから。
……でも、もう遅いよね。仲良くなってしまったものは、仕方ない。もう覚悟を決めて、彼の最期を見届ける。これが、私のもう一つの決意。
「私……これからはあなたのことを避けないようにする」
「……なんで?」
「もう引き返せないところまで来ちゃったから。もし今後時空の魔法が使えるようになっても、あなたの死刑まではここを出ていかないことにするわ。
……ここまでディープに関わっちゃったのに途中でバイバイしたら、ずーっと喉に小骨が刺さったみたいな感じでスッキリしなさそうだもん」
「は、はは……」
「…………何よ」
「嬉しいよ。……すごく」
「ん……それはよかった」
ヤミはものすごく素直に『嬉しい』と言う。こんなに正直に気持ちを表現する男の人に初めて出会った。
彼はいい意味で、気を遣う必要のない相手だ。なんでも正直でいてくれるから、言葉の裏を読まなくても済む。そういう彼の態度に、私は結構感謝していたりする。
「ま、どうせ死ぬなら冒険して死ぬ方がいいしね!それに……隠し通路の向こうで何かあった時に、あなたを犠牲にして私は逃げられるし。あなたは死にたいんだから、文句を言われることもない」
「うん、それはとてもいい考えだと思う」
「ちょっと……冗談だからね……?」
「冗談じゃなくていいのに」
「……はあ……ジョークの通じない死刑囚ほど、最強の敵はいないわ……」
こうやって、軽口を叩き合えるのも、あと半月ちょっとか。
電子ブザーの音がなる。いつ死んでもいい私達の、命がけの冒険。その開幕を告げる合図。
「さ、行こう」
ヤミの顔を見る。
「うん、行こう火置さん」
アンバーの瞳を優しく細めて、彼は笑っている。楽しそうに、幸せそうに。
……うん、よかった。死刑までに一つでも、楽しい思い出が増やせたらいい。その手伝いができたら、十分だ。
チクリ。
あ、胸が痛い。本当にひどい人だな。自分は勝手に友達との生活を楽しんで、その後死ぬことだって楽しみにしていて、『死んでほしくない』と思っている友達を残して死ぬなんて。
…………でも仕方ない、諦めよう。とんでもない男と友達になってしまった、人の見る目がない私が悪いんだ。
諦めて……精一杯、このおかしな友人との残りの時間を、楽しもう。
「刑務所編」の目次を開く
第一章 夕闇の出会い
第二章 神様
- 第七話 2日目の朝 火置ユウの目覚め
- 第八話 2日目の朝 灰谷ヤミの目覚め
- 第九話 二人の朝ご飯
- 第十話 ヤミの神様
- 第十一話 神様との出会い
- 第十二話 カミサマとの邂逅
- 第十三話 第一回カミサマ面談
- 第十四話 面談を終えて
- 第十五話 シャワーの時間
- 第十六話 口喧嘩
- 第十七話 闇に沈む記憶
第三章 探索
- 第十八話 自由時間
- 第十九話 刑務所探索その1
- 第二十話 図書室にて
- 第二十一話 ヤミの違和感
- 第二十二話 ヤミの神様の話~光の救世主~
- 第二十三話 出会いから5日
- 第二十四話 彼女はいかにして魔法使いになったのか その1
- 第二十五話 ヤミの神様の話~禁忌の4項目~
- 第二十六話 カミサマとあなたのお話
第四章 夢
- 第二十七話 よき友人とは
- 第二十八話 彼女はいかにして魔法使いになったのか その2
- 第二十九話 続・カミサマとあなたのお話
- 第三十話 彼の話を聞く その1
- 第三十一話 ヤミの神様の話~神様の愛~
- 第三十二話 神様の夢
- 第三十三話 もう一人の死刑囚
- 第三十四話 Clair de Lune
- 第三十五話 私の決意
- 第三十六話 刑務所探索 その2
- 第三十七話 彼の話を聞く その2
- 第三十八話 放棄された刑務所
- 第三十九話 刑務所内の追いかけっこ
- 第四十話 ヤミの心の中
- 第四十一話 その日の夜、彼は夢を見る
第五章 闇(連載中)
- 第四十二話 面談前のアイスブレイク
- 第四十三話 第二回カミサマ面談
- 第四十四話 第二回カミサマ面談を終えて
- 第四十五話 闇に沈む記憶 その2
- 第四十六話 別々の部屋
- 第四十七話 彼の殺人~ヤミの神様の話
- 第四十八話 灰谷ヤミの罪
- 第四十九話 死刑まで2週間を切った彼がシャワー室で考えた事とした事
- 第五十話 動かずのエレベーターの正体
- 第五十一話 火置ユウのカミサマ面談
- 第五十二話 ジストニア
- 第五十三話 決別
第六章 真実
最終章 二人の夏休みへ
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