夏休みの夕闇~刑務所編~ 第二十二話 彼女はいかにして魔法使いになったのか その1

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第二章 神様
第三章 探索
第四章 夢
第五章 闇
第六章 真実
最終章 二人の夏休みへ

彼女はいかにして魔法使いになったのか その1

火置ひおきさんは生まれたときから魔法使いだったわけじゃなく、11歳のときに魔法使いに『なった』のだという。

「……どうして11歳だったんだろう。なにかきっかけがあったの?」

「そうね……11歳の時に家族が全員殺されて……時空の渦に飲み込まれて、魔法が使える場所に飛ばされた」

「……家族が、殺された?」

「そう。それまでは、両親と弟の四人で暮らしてた。それが一日にして一人になったのよ。遠方にいた親戚も同じタイミングで全滅」

火置さんは例の調子で肩を竦めて話す。『あーあ』って声が聞こえてきそうな感じで。

「どうして火置さんの家族は死んじゃったの?殺されたって、どういうこと?」

「私の家族を殺したのは……あれは何なんだろう、この世の良くない要素をかきあつめてまとめて具現化したようなものだった。今思うとあれも、時空のひずみから生まれたものだったんだと思う。

とにかく、私が小学校から帰ったら、リビングルームはひどい状態になってた。大抵のスプラッター映画がお遊びに思えるほどの凄惨な光景だったね、あれは」

「血まみれだったってこと?」

「そうね。足の踏み場もないほどの血と肉。まず扉の近くに倒れていたのが父親。手を伸ばしてたし、逃げる途中でやられたんだと思う。

母と弟は、折り重なって倒れてた。弟が下で、その上に母が覆いかぶさってたの。弟は、私が帰ってきたときにはまだ息があって苦しんで泣いていて……でも……助けてあげられなかった」

さっきまで冷静に話を進めていた彼女の瞳が陰る。弟さんと、仲が良かったんだろうか。

「だからかな、私は弱いものを見ると衝動的に、守らなくちゃ、優しくしてあげなきゃって思う。

その一方で、大人の男の人には厳しくなりがち。父は母に手を上げたり、暴言を吐いたり、一見正しいことを言ってやり込めたり、そういった感じだったから……どうしても印象が悪くて」

「……僕のことも嫌い?」

「え?ははっ!何それ?」

火置さんは本気で笑っている。そんなに笑わなくてもいいのに。

「だって……僕は大人の男だよ。男の人が苦手ってことじゃないの?」

「ヤミは……なんていうか……嫌いじゃないよ。人によってはトラウマ的に苦手意識が出るってだけで、男の人が全員悪だとは思ってない。ちゃんと男の人のことを好きになれるし、友達にもなれる」

「そうなんだ。……話の腰を折ってごめん。続けて?」

「うん。えっと……そう、家族の話ね。私は……憎しみ合っている父と母に、いい印象を持てていなかった。家族の中にいると、心に膿が溜まっていくような気がしていた。

だからか死んでしまった二人を見たときも、妙に冷静だった。一目散に逃げようとして死んだんであろう父には『せめて家族を守ってよ』と思ったし、弟を守れなかった母には『せめて苦しませないであげてほしかった』と思った」

家族が死んだというのに淡々と『事実』と『意見』を話す彼女に………………僕は猛烈な親近感を覚えた。僕も、家族の死を悲しそうに話すことができないから。

『こういう事があった』『そして、こう思った』そういう風にしか話せない。彼女と一緒だ。

「私があの日に学んだのは、自分でなんとかすることが大事だってこと。守りたいものがあればそれを他人に委ねてはいけないし、自分以外をあてにしてはいけない」

彼女は遠くを見つめている。

彼女の瞳の強さは、冬空に輝く一等星を思わせる。

その光は、冷たく乾いた性質の光だ。天国に満ちているような、黄金の暖かな光ではない。突き刺したり、切り裂いたりできそうな、周囲を寄せ付けない厳しい光。

「君は……両親が死んだことを悲しんでいなそうに見える」

「……やっぱりそう見える?実際に、そうなのよ。……冷たいよね?」

「ううん、僕も両親が死んで悲しいって思えないんだ。同じだよ」

火置さんは一瞬驚いた顔をする。それから「あははっ」と声を出して笑った。

「なんか……共感してくれて嬉しいかも。家族との絆を大切に思う人はとても多いから、あまりこういう話は他の人にしたことがなくて。……血も涙もない冷血人間だって思われるじゃない?」

……そう言われれば、そうなのかもしれない。

僕は誰かに『家族がいないなんてつらいね』って言われたときはいつも『そうでもないよ』って答えてた。でもそうすると、大体説教されるか、かわいそうな人って目で見られるか、どちらかだった。とにかく『人としておかしなヤツ』だって思われた。

「でも僕は誰かに聞かれたときは正直に答えてたんだ。『悲しくないよ』って」

「あなたは強い。その上、心臓に毛が生えてる。普通は、世間一般とはあまりにもかけ離れた意見や思想は隠すのよ。そうじゃないとうまく生活できないからね」

「僕は嘘が苦手なんだよ。自分の気持ちを偽れないんだ」

「そうだよね、それは感じてる。だから私はヤミのこと、ものすごく信頼できる。だってもし私のことを嫌いになったら、はっきりと『嫌いになった』って言ってくれそうだもん」

……………………え、なんだその例え?どうして僕が火置さんを嫌いになるの?

「なんでそんな事言うんだ?どういうこと?その例えがよくわからない」

「……別に深い意味はないって。嫌われるのって態度で伝わるから、それならはっきり言って欲しいよねって、ただそれだけのことよ。……そんなに反応すること?」

……どうしてモヤモヤするんだろう。その言い方に壁を感じるから?

火置さんの態度には、そこかしこに『これ以上はこっちにこないで』という障壁がある。その壁を感じるたびに、僕は毎回もどかしさを覚える。スッキリしなくて変な感じだ。君に、ちゃんと言いたいことがある。

「……だって僕は、火置さんのこと嫌いにならないよ!」

火置さんは眉根を寄せ、『不信』を絵に描いたような表情で僕を見る。

「……どうして『嫌いにならない』なんて言えるのよ。まだ出会って5日よ?」

「なんとなく、そう思うんだよ」

「…………そういうこと、軽々しく言わない方がいいよ」

「軽々しく言ってるわけじゃないよ。本気だ」

こんなに僕と一緒の時間を過ごしてくれて、たくさん話をしてくれた君のこと、僕は嫌いになりたくてもなれないよ。もし君が犯罪者だって聞かされたって、君のことを嫌いになったりはしない。

さっきみたいな厳しい表情ではなくなったけど、火置さんの顔はまだ曇っている。

「本当に思っていることなんだ、嘘じゃないんだよ……」

「………………。

……あなたが本気で言ってるんだろうなっていうのは、伝わってきた……。でも……そうじゃなくて」

彼女の声のトーンが落ちる。少し苦しそうな顔で僕を見る。心なしかその目が潤んでいるような気がする。何を言おうとしているんだろう、何かを言い淀んでいる。

「……そうじゃなくて、何?」

「………………ひと月後に死ぬくせに…………全力で『嫌いにならないよ』とか、言ったらだめだよ。なんだか、悲しくなるじゃない」

「……………………ごめん」

この後自由時間終了5分前のブザーがなるまで、僕達は一言も喋らなかった。

やがてラウンジ内にブザーの音が鳴り響く。音が止むと、火置さんは立ち上がりながら僕に「帰ろうか」と言った。

その顔は、涼しげで余裕のある、いつもの彼女の表情に戻っていた。

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